焦点:新型コロナ・ワクチンに潜むリスク、開発焦れば逆効果も
ロイター / 2020年3月17日 7時17分
製薬各社は一刻も早く新型コロナウイルスのワクチンを開発しようと全力を挙げているが、科学者や医療専門家は、ワクチン開発を急ぐと一部の患者については却って悪化させる結果になるのではないかとの懸念を抱いている。図像は3月11日、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのサラエボで作成(2020年 ロイター/Dado Ruvic)
Julie Steenhuysen
[シカゴ 11日 ロイター] - 新型コロナウイルスが急速に拡大し、感染者数が世界全体で10万人を超えるなかで、製薬各社は一刻も早くワクチンを開発しようと全力を挙げている。
だが実は、科学者や医療専門家は、ワクチン開発を急ぐと、一部の患者については、感染を予防するどころか、却って悪化させる結果になるのではないかとの懸念も抱いている。
複数の研究によれば、コロナウイルス・ワクチンには、「ワクチン増強(vaccine enhancement)」のリスクが付きまとう。つまり、ワクチン投与を受けた人がウイルスに接した場合に、実際には感染を防ぐどころか、ワクチンのせいでさらに重症化してしまう状況だ。このリスクを引き起こす仕組みは十分に理解されておらず、コロナウイルス・ワクチン開発の成功を阻む障害の1つとなっている。
通常、研究者は動物実験によってワクチン増強の可能性をテストする。だが、新型コロナウイルスの拡大に緊急に歯止めをかけることが求められているせいで、一部の製薬会社はこうした動物実験の完了を待たずに小規模な臨床試験へと直行しつつある。
ベイラー医科大学熱帯医学部長のピーター・ホーテズ博士は、「一般論としてワクチン開発のサイクルを加速することの重要性は分かるが、私の知る限りにおいて、この(新型コロナウイルスの)ワクチンについては急ぐべきではない」と語る。
ホーテズ博士は、2003年に大規模な感染を起こしたSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスのワクチン開発に携わったが、ワクチン投与を受けた動物をウイルスに曝露させた場合、非投与の動物に比べて疾病が重症化する例があることを確認した。
「免疫増強(immune enhancement)のリスクがある」とホーテズ博士は言う。「そのリスクを低減する方法は、まず、実験動物でそれが発生しないようにすることだ」
ホーテズ博士は先週、連邦下院の科学・宇宙・技術委員会において、ワクチン研究の予算を維持する必要性について証言した。過去20年間に感染拡大を起こした新型コロナウイルスのいずれについても、いまだにワクチンは存在しない。
少なくとも今のところ、世界各国の専門家は、ウイルス開発に向けた試験を加速することには、リスクを取るだけの価値があると結論づけている。
新型コロナウイルスへのグローバルな対応を調整ことを意図して2月中旬に特別招集された世界保健機構(WHO)の会合では、世界各国の国営研究機関や製薬会社を代表する科学者らが、脅威の大きさに鑑みて、ワクチン開発担当者は動物実験の完了前に早急に臨床試験に移るべきだ、という点で合意に達した。会合に出席した4人の参加者がロイターに語った。
会合の共同議長を務めた元WHO副事務総長のマリーポール・キーニー博士はロイターに対し、「一刻も早くワクチンが欲しいという希望がある」と語った。「その希望と、ごく少数の人々に与えるリスクとのバランスを考えなければならない。そして、そのリスクをできるだけ緩和するために、あらゆる手を尽くす必要がある」
WHOは、メディアには非公開とした同会合の結論を公式に発表していない。WHOはグローバルな医療政策の策定を支援する責務を負う国連機関だが、この会合の結論は、WHOがとっている公式の立場を何ら反映するものではない。
製薬会社や医学研究に対する規制上の監督権は、各国の規制当局が握っている。そのうち最も強力な機関である米食品医薬品局(FDA)は、上記の会合でのコンセンサスを支持しており、臨床試験スケジュールを加速させることを邪魔しないと示唆している。
FDAのステファニー・カッコモ報道官は声明のなかで、「新型コロナウイルスなど公衆衛生上の緊急事態に対応する際は、規制を柔軟に運用し、あるワクチン・プラットホームに関連するすべてのデータを考慮するつもりだ」と語った。ワクチン増強に関する動物試験については、FDAは特にコメントしていない。
とはいえ、コロナウイルス・ワクチンの開発担当者は、ワクチンそのものが有毒でなく、ウィルスに対する免疫反応を支援する可能性が高いことを確認するために、通常の動物試験を行わなければならない。
<「シアトル・リスク」>
新型コロナウイルス・ワクチンの候補としては、米ジョンソン&ジョンソン、仏サノフィSAなどを含む研究所・製薬会社により、約20種類が開発中である。米国政府はコロナウィルスの治療・ワクチンのために30億ドル以上の予算を計上している。
臨床試験に最も近い段階にあるのは、国家予算で運営されている国立衛生研究所(NIH)と協力関係にあるバイオテクノロジー企業モデルナ社で、今月シアトルで45人を対象とする臨床試験を開始する計画を発表している。
NIHはロイターに対し、臨床試験と並行してワクチン増進の具体的なリスクに関する動物実験を進めていくと述べており、これによって、さらにワクチン投与の対象者を拡大することが安全かどうかが確認されるはずだとしている。モデルナにもコメントを求めたが回答は得られなかった。
NIHの一翼を担う国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の微生物・感染症部長を務めるエミリー・アーベルディング博士によれば、この計画はWHOにおけるコンセンサス及びFDAの規制要件を満たすものだという。NIHの報道官は、臨床試験には14ヶ月を要すると述べている。
メイヨー・クリニック(ミネソタ州ロチェスター)のウイルス学者・ワクチン研究者であるグレゴリー・ポーランド博士は、こうしたアプローチに疑問を投げかける。「(ワクチン開発を急ぐのは)大切なことだが、科学者も一般市民も、これらの(ワクチンが)有効であるだけでなく、安全であると安心できるような方法で開発する必要がある」とポーランド博士はロイターに語った。
ホーテズ博士は、臨床試験が進められることに驚いたと言う。「モデルナ社のワクチンを投与された実験動物に免疫増強が見られたら大問題になる」と同博士は言う。
中国企業と提携して新型コロナウイルスのワクチン開発を進めている米国の免疫療法企業イノビオ・ファーマスーティカルズも、やはりワクチン増強に関する動物実験を待たずに、米国内の志願者30人を対象とした臨床試験を4月に開始したいと考えている。
イノビオのジョゼフ・キムCEOはロイターに対し、「社会が全体としてワクチン開発の加速を重視しており、臨床プロセスを遅らせたくない。できるだけ迅速にフェーズ1研究に移行しようという気持ちになっている」と語った。
イノビオでは、その後すぐに、新型コロナウィルスにより深刻な打撃を受けている中国・韓国においても人間を対象とした安全性試験を開始することを予定している。キムCEOによれば、年内にはワクチン増強の問題に対する結論が出るものと期待しているという。
モデルナ/NIHによる臨床試験は、シアトルのカイザー・パーマネント・ワシントン医療研究所の患者を対象としている。だが、数週間前に決定された臨床試験実施場所の選択が問題を引き起こす結果になるかもしれない。
現在はフランスの国立保健医学研究所(INSERM)で働くキーニー博士によれば、WHOの会合に参加した科学者らは、治験志願者にとってのリスクを減らすため、製薬会社は初期の臨床試験の対象を少数の健康なグループに限定し、ウイルス感染が拡大していない場所で行うことを勧告しているという。こうすれば、ワクチンを投与された人々がウィルスに接触し、より深刻な反応を引き起こす可能性が低下するからだ。
だが、臨床試験の実施場所が選択された後、シアトル中心部は米国における新型コロナウィルス感染の中心地になってしまった。
それにもかかわらず、モデルナとNIHは先に進もうとしている。
「臨床試験の実施場所を変更する理由はないと考えている。変更しても、今後数週間のうちに、また新たな場所でコミュニティ感染が生じるかもしれない」とアーベルディング博士は言う。「参加者にとって、コミュニティ感染のリスクがあるとしても非常に小さい。臨床試験を進めるなかで管理可能だろう。参加者はきわめて慎重に観察されている」
<過去の経験は生きるのか>
他のワクチンやコロナウイルスに関する過去の取組みから得られた悲劇的な教訓も、やはりワクチン開発担当者に対して警鐘を鳴らしている。
最も有名な例は、1960年代、米国で行われたあるワクチンの臨床試験である。このワクチンは呼吸器合抱体ウイルス(RSV)対策としてNIHが開発し、ファイザーにライセンスされたものだが、幼児に投与すると肺炎を引き起こした。ワクチン投与を受けた乳児の圧倒的多数で重篤な症状が見られ、幼児2人が死亡した。もっと最近の例では、フィリピンで約80万人の児童が、サノフィが開発したデング熱ワクチンの投与を受けた。サノフィは投与後に初めて、ごく一部の個人でもっと重篤な症状が生じるリスクが増すことに気づいた。
ホーテズ博士による研究も含め、特にコロナウイルスに関してはこの種の反応が生じる可能性があることが示されている。だがワクチン増強リスクの試験には時間がかかる。人間と同じようにウイルスに反応するよう遺伝子操作を施したマウスを繁殖させる必要があるからだ。マウスその他の動物モデルに関する取組みは、今まさに、世界各国の複数の研究所で進行中である。
モデルナ、イノビオをはじめとするいくつかのワクチン開発企業は、こうしたプロセスの完了を待たず、12月に発見されたばかりのウイルスに関して、記録的な速さで人間の臨床試験を開始しようと計画している。
ジョンソン&ジョンソンは、ワクチン増強に関するテストに向けた動物モデルを開発していると述べ、10月には臨床試験に向けたワクチン候補を確保したいとしている。サノフィの広報担当者は、ワクチン増強のリスクを検証してから臨床試験を始めるつもりだと述べている。
ジョンソン&ジョンソンのワクチン開発部門であるジャンセン・ワクチンズのグローバル事業部を率いるヨハン・ファンホーフ博士は、「RSVの体験がどれほどダメージを残したかは皆が承知している」と話す。「動物にそのような兆候が出た場合には、無視するべきではない」
(翻訳:エァクレーレン)
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