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焦点:戦争は「素人大統領」をどう変えたか、苦悩増すゼレンスキー氏

ロイター / 2024年7月18日 17時28分

戦火で鍛えられ、米ワシントンで今月開催されたNATO首脳会議で西側諸国の指導者に強く行動を求めた今のゼレンスキー氏は、ショービジネス界で名をはせたテレビコメディアンはもとより、大統領になりたての頃の政界初心者とはまるで別人だ。写真はキーウで5月、ロイターのインタビューに応じるゼレンスキー氏(2024年 ロイター/Gleb Garanich)

Tom Balmforth John Irish Max Hunder

[キーウ 12日 ロイター] - 強烈でせっかち、かつ睡眠不足──。これがウクライナの戦時体制を率いるボロディミル・ゼレンスキー大統領(46)の過酷な日常だ。

2019年に大統領に当選したとき、ゼレンスキー氏の目標はウクライナを現代的な民主国家にすることだった。だがそれは、2022年に始まったロシアによる侵攻により打ち砕かれた。

大統領就任5年目を迎えた元コメディアンのゼレンスキー氏は5月、ロイターのインタビューで「5年前に私が望んでいたのは、ただ、自由主義経済を備えた非常にリベラルな国家だけだった」と語った。

だが最近のゼレンスキー大統領は、国内最大の小児病院が被害にあった空爆に対する怒りと苦悩のあまり、ロシアのプーチン大統領への殺意を口にした。

戦火で鍛えられ、米ワシントンで今月開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で西側諸国の指導者に強く行動を求めた今のゼレンスキー氏は、ショービジネス界で名をはせたテレビコメディアンはもとより、大統領になりたての頃の政界初心者とはまるで別人だ。

ゼレンスキー氏はかつて、ウクライナ版「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」を勝ち抜いたこともある。

ウクライナの首都キーウ(キエフ)で大統領就任の宣誓を行ったのは2019年。細身の身体にスタイリッシュなスーツをまとい、ひげをきれいに剃った少年のような顔つきだったゼレンスキー氏は、今やすっかり年を重ね、がっしりとして表情も険しく、お約束のように準軍事組織の戦闘服を着て、無精ひげと目の周りのくまが目立つ。

ゼレンスキー氏はロイターとのインタビューで、自分自身に関する質問の大半からは逸れて、ウクライナの戦時同盟国の一部に対する強いいら立ちに焦点を当て、核心となる「もっと西側諸国の支援が必要だ」というメッセージを繰り返した。

ロイターは、ゼレンスキー氏と共に働いてきた現・元ウクライナ当局者及び外国当局者8人のほか、過去に接点のあった複数の友人や同僚に話を聞いた。

彼らの説明によれば、リーダーとしてのゼレンスキー氏は、かつてよりタフで決断力が増し、ミスに対してより厳しく、偏執的な傾向さえ示しつつ、不眠不休のストレスや疲労にも耐えているという。

ゼレンスキー政権のレズニコフ元国防相は「睡眠不足政権だ」と述べ、大統領は着替えと歯ブラシの入ったバッグを手にウクライナ中を飛び回っていると続ける。その日の晩をどこで過ごすか読めない場合も多いからだ。

「切れ切れの睡眠、それが大統領の日常だ。夜間に協議を行い、時間を問わず、下院・上院で演説している」とレズニコフ氏。「年中無休、昼夜を問わずストレスモードにある。ゴールのないマラソンだ」

準備不足の部下には容赦しない。

ゼレンスキー氏のチームメンバーによると、ゼレンスキー氏は、部下の官僚や顧問が十分な準備をしていないと感じると退室を命じるという。このメンバーは、今年に入り動員計画を巡る情報キャンペーンを策定するためのミーティングで、いら立った大統領が側近らを解任した様子を振り返った。

「相手が準備をしていない、あるいは互いに矛盾していると判断すると、彼は『ここから出て行け、私にはこんなことをしている時間はない』と言う」とこのミーティングに出席していたチームメンバーは話す。ありのままのゼレンスキー氏について語るため、匿名を希望している。

インタビューに応じた人々の多くは、ゼレンスキー氏の精神的な持久力と、ウクライナの大統領、軍最高司令官、国際社会への窓口としての役割に適応する能力に感嘆していると口にする。

「優れた記憶力はゼレンスキー氏の大きな長所だ。膨大な情報を覚えていて、細部や微妙な違いをすぐに把握する」とレズニコフ氏。「私は間近で目撃したが、あっというまに英語をマスターしたのも、この才能のおかげだ」

レズニコフ元国防相は2023年9月、国防省内での汚職スキャンダルの後、ゼレンスキー氏に更迭された。自身は関与を否定している。だが、地政学分野での経験がほとんどないテレビコメディアン出身のゼレンスキー氏が、人員でも装備でも圧倒的な軍を持つプーチン・ロシアに勝つのは難しいのではないかという見方を一蹴する。

「ゼレンスキー大統領については、マーク・トウェインの言葉を引用したい」とレズニコフ氏。「犬のけんかで重要なのは身体の大きさではない。闘争心の大きさだ」

しかしその一方で、ゼレンスキー氏と複数回にわたり協議した欧州高官によれば、自身を暗殺しウクライナ指導部を動揺させようというロシア側の企図について、ゼレンスキー氏はますます被害妄想を強めているという。

「それも無理のない話だ」と高官は言う。

<過去にはお笑い動画での滑稽な姿も>

今月のNATO首脳会議におけるゼレンスキー氏の深刻な訴えは、かつて視聴者を爆笑の渦に巻き込んだ不謹慎なお笑い寸劇とは対照的だ。

ユーチューブに投稿された2016年の動画には、将来ウクライナの指導者となる人物が、ズボンを足首まで下げた格好でピアノの前に立ち、両手が鍵盤からまるで離れたところにあるにもかかわらず曲を「演奏し」、聴衆を喜ばせている様子が映っている。

「もちろん、この5年間で彼は変わった」と語るのは、1995年から2000年までクリビーリフ経済大学でゼレンスキー氏と同窓だったアンドリイ・シャイカン氏。「彼は年を取り、信じがたいほどの重荷を委ねられる人間になった。夜は2─3時間しか寝ていない。巨大なプレッシャーだ。見れば分かる」

ゼレンスキー氏は1990年代、ウクライナ中部の製鉄都市クリビーリフで育った。クリビーリフはソ連崩壊の後、経済の混乱と犯罪の激増のもとで疲弊していた。

ゼレンスキー氏はエンターテインメント分野で生きる道を見つけ、故郷の地区にちなんで「クバルタル95」と名付けたコメディアングループを創設した。このグループは、旧ソ連圏で人気のあったロシアのタレント発掘番組KVNで優勝した。

2015年、ゼレンスキー氏は新たなテレビコメディシリーズ『国民の僕』に主演。政治腐敗に関する教室での発言がネットで話題になったことを発端として、ウクライナ大統領にまでのぼりつめる誠実な教師を演じた。

この役柄は、ソ連崩壊後の政治腐敗のまん延にうんざりしていたウクライナ国民の琴線に触れた。現実が芸術を模倣するという珍しいケースとなり、地滑り的な勝利でゼレンスキー氏を大統領府に送り込んだのである。

「クバルタル95」の台本作家アルテム・ガガーリン氏は、かつての上司が大統領選出馬を決めたときは困惑したという。

「ウクライナのトップクラスのコメディアンで、基本的に、ショービジネス界の大物だった。大統領になどならなくてもいいではないか、と」

だが5年経った今、ガガーリンさんはゼレンスキー氏が政治家への道を歩んでくれたことに感謝している。生まれながらのリーダーであることを自ら証明したからだ。

「彼が大統領になっていなかったら、私たちは今頃どうなっていたことか」

<「軍事指導者」として>

もちろん、あらゆる国民がゼレンスキー氏を支持しているわけではない。

ロシアによる侵攻を受けてウクライナ国民が一致団結した2022年には、ゼレンスキー氏の支持率は90%にまで跳ね上がったが、その後は長引く戦争への疲労感や評判の悪い徴兵推進策、声望ある司令官の解任、そしてここ数カ月ロシアが徐々に前進しているという戦況の暗い見通しに足を引っ張られている。

ウクライナ民主主義を断固として主張し、既存体制の克服を掲げて選出された大統領が、いまや戒厳令下の国家における支配者となっている。

ゼレンスキー氏の主な政敵は、軍事戦略や戦時下における統治や外交といった問題に関する重要な意思決定から排除されており、一般のウクライナ国民にも、ゼレンスキー氏のチームに権力が集中することへの不安を口にする人は多い。

キーウを拠点とする世論調査会社KIISでエグゼクティブディレクターを務めるアントン・フルシェツキイ氏は、「人々はゼレンスキー氏について、以前のように既得権層に対抗するコメディアン出身の政治家とは見ていない」と語る。「ゼレンスキー氏は軍事指導者というイメージで、彼がかつて口にしていたジョークはすべて過去のものと思われている」

ゼレンスキー氏の支持率は60%前後で安定している。フルシェツキイ氏は、収束の展望が見えないまま戦争が長引くという「全般的に困難な状況を考えれば(支持率は)高い」と説明する。

ウクライナと米ワシントンでゼレンスキー氏と数回会談した米下院外交委員会のマコール委員長(共和党)は、ゼレンスキー氏が人々を鼓舞する戦時中の指導者としての立場に成長したとロイターに述べた。

その過程は、ロシア軍がキーウに迫った侵攻当初、ゼレンスキー氏が西側諸国による避難を拒否した時に始まったという。

「ゼレンスキー氏は常に真剣で、核心を突いてくる」とマコール氏。「ゼレンスキー氏やウクライナの司令官と会った時、欲しい武器のリストを渡されたことを覚えている」

<同盟国に対するいら立ち>

マコール氏やバイデン米大統領のような支援者はいるものの、昨年10月にイスラエルとハマスの戦闘が始まって以来、ゼレンスキー氏は何とか国際社会の関心をウクライナの苦境に引きつけようと苦心している。

ゼレンスキー氏は西側諸国による支援の強化を繰り返し訴えているが、そこには「ウクライナは民主主義世界をロシアから守るために血を流しているのに」という倫理的な怒りが混ざる場合が多い。

EU高官は「ゼレンスキー氏は、ウクライナが何を必要としているか、我々が何をする必要があり、さもなければどのような結果に直面するかを15回は繰り返し、諦めない」と語る。

別のEU当局者は、ゼレンスキー氏が西側諸国に対するいら立ちを強めていると指摘。必要不可欠な同盟国との関係を悪化させないよう「慎重に行動する」ことを勧めると述べた。

ロイターの取材に応じた2人のEU当局者によると、ゼレンスキー氏が外国当局者との会合や電話会議の場で同じメッセージを力説し、自らの大義を辛抱強く訴えているという。

しかし最近、国際支援を集めロシアを孤立させることを狙ってスイスで開催された「平和サミット」以降、その論調に微妙ではあるが注目すべき変化が現れた。ゼレンスキー氏は戦争の公正な決着が緊急に必要であると強調し、今年後半に開催する2回目のサミットにはロシア側代表を招く可能性についても口にした。

ゼレンスキー氏は6月28日、スロベニア大統領との会談の後、「私たちはこの戦争を長引かせることは望んでおらず、できるだけ早期に公正な平和に到達しなければならない」と語った。

昨年、リトアニアの首都ビリニュスで開催されたNATO首脳会議に向かう途中、ゼレンスキー氏はNATOへのプレッシャーを強めようとして、加盟に向けた時間軸が提示されないのは「ばかげている」とNATOを批判した。

NATO加盟というゴールは相変わらず不透明なままだが、今月ワシントンを訪れたゼレンスキー氏はそこまで攻撃的ではなく、大統領首席補佐官は、同氏が今回の訪米の結果に満足していると述べた。

ゼレンスキー氏自身は、例外的な状況下でウクライナの指導者としてどう行動してきたかに関する質問を避けてきた。

大統領就任から5年が経過するのに合わせてキーウで行われたロイターのインタビューで、「自分の行動を評価することはできない。あまり倫理的ではないと思う」と述べた。「私はウクライナ大統領であることを誇りに思う。これがこの5年間の私の姿勢だ」

(翻訳:エァクレーレン)

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