委任状争奪戦から5年 大塚家具「求心力」なき久美子社長はどこでなにを間違えたのか(大関暁夫)

J-CAST会社ウォッチ / 2020年11月11日 7時0分

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大塚家具、久美子社長が退任する(2015年撮影)

大塚家具の大塚久美子社長が2020年12月1日付で退任することになりました。15年に創業者で実父である大塚勝久氏と株主総会で経営権を争ったプロキシーファイト(委任状争奪戦)から5年。結局、一度も会社を黒字化させることなく社長の座を退くことになったわけです。

インターネット上では、久美子社長退任報道をさまざまな角度から取り上げた記事がアップされつつあります。戦略の良し悪しを問うもの、親子の争いに凋落の原因を求めるもの......。原因はともかく、同社の業績が5年間好転しなかった理由として複数語られているのは、久美子社長の求心力のなさでした。

典型的なホワイトカラーエリートのお嬢さま

トップの求心力というものは目に見えないものでありながら、組織運営においては最重要といえるマネジメント要素のひとつです。なぜならば、求心力は社員のトップに対する信頼感や忠誠心とイコールであり、社員の組織対するロイヤリティやエンゲージメント、ひいては日々の仕事に対するモチベーションにまで、大きく影響を及ぼすものだからです。

大塚家具の売場の元気のなさを指摘する文章も散見され、まさに求心力の低下が社内のモチベーションを下げていたと言えそうです。

では、なぜ久美子社長には求心力がなかったのでしょうか――。私はこの問いに、3つの理由を指摘しておきます。

ひとつは、社内における求心力の源となる実績のなさです。大塚家具は父・勝久氏が創業し、東証一部上場にまで成長させてきた会社です。お家騒動以前に久美子氏が一時期社長を務めていた時も、社員から見た実質リーダーは勝久氏であったわけであり、同社の組織としての求心力の源は、自社を名だたる企業に育て上げた功績者であり、業界の重鎮たる実績を持つ勝久氏以外には存在し得なかったのです。

久美子氏は一橋大学卒後、数年の銀行勤務を経て同社に入り、経営企画などを担当した後に一度退社。コンサルティング会社設立を経た後、今度はコンサルタント的な立場で会社に舞い戻ったという、典型的なホワイトカラーエリートです。

高卒の叩き上げで、自らリヤカーを引いて家具を売り歩き会社の基礎を作り上げた勝久氏とは、経歴の点では水と油なのです。久美子氏が一流大学卒であっても、卒業後即家業に入り粛々と現場で苦労を重ねてきたか、あるいは業界内同業他社で修行を積んできたならば話は別ですが、父が築いた泥臭い組織風土の中にいきなり頭でっかちなコンサルティング風情のエリートお嬢さまが飛び込んできたわけですから、社員について来いというほうが無理というものでしょう。

実父をバッサリ! 冷酷極まりない独裁的やり方

ならば、社長として自身の経営理論を実践し実績を上げることで、社員に有無を言わせず着いてこさせるしかないわけです。

ところが、いざ社長のイスに座ってみれば、成功者である父のやり方を机上論で全否定してみせはしたものの、やることなすこと失敗続きの大赤字の連続。社員からは「現場知らずの口だけ社長」に映ったことは間違いなく、求心力が高まるどころか、むしろ社員の心は離れていったのではないかと思うのです。

2点目。父との確執の末、話し合いではなくプロキシーファイト(委任状争奪戦)で数を争うやり方で白黒決着をつけ、自分が勝利するや父母や兄弟を実質絶縁となる冷酷なやり方で会社から追い出したわけです。

このやり方が社会一般に与えた悪印象の問題もありますが、社員たちにはどのように映ったことでしょうか。手塩にかけて育ててくれたであろう両親、共に同じ父母の下で育った兄弟との縁を自ら切ってでも自分の考えを突き通す、そんな冷酷極まりない独裁的やり方を目の当たりにして、「社長に着いていきます」と思わせることなど、できるハズがありません。

むしろ社長に反論すれば、次は自分が切られる。そんな恐怖感が組織には蔓延するはずです。チャンスがあれば、早く辞めたいと思う人が大半を占めていても、何ら不思議ではありません。

そんな環境下では、業績が伸びるはずもありません。自らのやり方が組織内の求心力を著しく弱めることになると気が付かなかったのは、あまりにお粗末です。

自己の非を認めない経営者

そして、3点目。久美子社長は就任来、決算発表あるいは業務提携、資本提携などのたびにマスコミの前で会見に臨んでいます。そのたび、業績悪化についての、いわゆる責任者として事業戦略に関するレビューを求められるような質問を受け続けてきたわけなのですが、彼女は一度たりとも自らの戦略的な誤りを認める発言をしたことがありません。

常に当初からの戦略の延長線上で、「前向きな戦略の一環」「新たなやり方で回復に向かっている途上」的な自己肯定の発言に終始してきました。前回、ヤマダ電機から51%の出資を受け傘下入りをした際にも、「ヤマダ電機のグループ傘下入り」ではなく「ヤマダ電機との業務・資本提携」という形であくまで主体的な戦略の一環であり、救済ではないという印象づくりにこだわり続けてきたのです。救済を認めることは、自己の非を認めることになるからです。

ヤマダ電機が資本支援の「救済者」になるまで、支援先として多くの企業の名前があがったものの、どれも契約成立に至らなかったのは、久美子社長が自身の社長のイスにこだわったからであるといわれています。

一般的に、企業が業績悪化により救済的資本注入を受けるならば、社長は戦略指揮者として、それまでの非を認め責任をとって、その座を降りるのが当然の流れでもあります。4期も連続で大赤字を続けていればなおさらのことです。

資本注入時に久美子社長に猶予期間を認めたヤマダ電機は、破格の対応と言えます。しかし結果は、1年で実質解任。発表後に同社の株価がストップ高になったことからも、市場からも疎まれ退任を望まれていた経営者であったことがわかります。

このように自己の非を決して認めない経営者の姿は、組織内外を問わず好感を持たれるはずがないのです。

組織としての企業を動かし業績を上げていくということに関して、経営者一人がどんなに優秀であっても人の集まりである組織が付いてこないなら前に進ませることはできないのです。

どんなに素晴らしい戦略であろうとも、求心力のないところでは無力である。久美子社長は、世の経営者たちにそんな教訓を残してくれたのかもしれません。(大関暁夫)

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