1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. スポーツ総合

ゴールボールのイスラエル代表にパレスチナ人…障害も人種の壁も紛争も越え、パリに挑む

読売新聞 / 2024年6月19日 14時54分

エルサレムの体育館で練習に励むエルハムさん

[Paris2024 世界から]<下>

 フランス・パリで7〜9月、五輪・パラリンピックが開かれる。ジェンダーの壁を乗り越える選手もいれば、長きにわたる紛争のはざまで葛藤を抱える選手もいる。晴れ舞台に臨む人びとが何を目指すのかを報告する。

スポーツに民族・宗教は関係ない

 パラリンピック団体球技ゴールボールのイスラエル代表選手エルハム・ロジンさん(34)は5月中旬、エルサレム中心部にほど近い、目の見えない人向けのスポーツセンターでチームメートと練習に励んでいた。静まり返った体育館でボールから聞こえる鈴の音に耳を澄ませ、全身を床に投げ出しボールを止める。コーチから「もう1本」と厳しい声が飛ぶ。

 代表チームは昨年12月のヨーロッパ選手権で2位となり、パリの出場権を獲得した。エルハムさんにとって、リオデジャネイロ、東京に続き3度目の大会となる。東京では6位と表彰台にあと一歩届かなかっただけに、「パリでは絶対にメダルを取る」と意気込む。

 エルハムさんは、6人のチーム中で唯一のパレスチナ人のイスラム教徒だ。ただ、「スポーツに政治や民族、宗教は関係ない」(エルハムさん)。ディフェンスが得意で2018年まで主将を務めたチームの精神的な支柱だ。ラズ・ショハム監督(56)は「経験豊かな献身的な選手だ。チームをどう支えたらいいのかよく知っている」と賛辞を贈る。

女子選手の先駆け、視覚障害のユダヤ人と恋に

 エルハムさんはイスラエル北部にあるパレスチナ人の村ウンム・ファヒームで生まれた。イスラエル国内のパレスチナ人だ。生まれつき視覚に障害があり、目の前がぼんやりとしか見えず、色も識別できない。

 ゴールボールとの出会いは、高校生だった15歳の時。自分より視覚障害の程度が重い人がボールをうまく扱うことに衝撃を受けた。「私もやりたい」と少年チームに交じって始めた。コーチに頼んで少女のチームを結成してもらい、女子選手の先駆けとなった。

 ヘブライ大の学生だった2008年、もう一つの出会いがあった。合宿で、ゴールボールの男子代表選手だったユダヤ人のミハエルさん(34)と知り合い、すぐに引かれ合った。

 ミハエルさんは生まれつき視力がほとんどない。どこに引かれたのかと尋ねると、「彼女の 美貌 びぼうだよ」と冗談を言った後、「意志が強く、しっかりとした考え方を持っているところだよ」と付け加えた。エルハムさんは「人はアイデンティティー(帰属意識)が違っても恋に落ちるの」と応じる。

 だが、2人は1世紀にわたり紛争が続くパレスチナ人とユダヤ人。イスラム教とユダヤ教の双方とも異教徒との結婚は認めていない。2人が交際を始めると、家族やコーチ、友人がこぞって反対した。家族からは「障害者同士でどうやって生きていくの」と諭された。

 それでも2人の思いは変わらない。10年間の交際を経て2018年、家族も折れ、ミハエルさんがイスラム教に改宗する形で結婚した。長男アミールちゃん(4)と長女ヤスミンちゃん(2)の2人の子どもに恵まれた。エルハムさんは「1人では何もできないが、2人で力を合わせて困難を乗り越えてきた」と胸を張る。

ガザ戦闘、重く

 家では政治や宗教、民族の話はしないという。ミハエルさんは「そうした話題は、家の外ですることだ」と話し、エルハムさんは「仲良く暮らす私たちの関係が社会にインスピレーション(刺激)を与えられたら」と願う。

 それでも、昨年10月のイスラム主義組織ハマスの奇襲とそれに続くパレスチナ自治区ガザでの戦闘は夫婦に重くのしかかっている。周囲もあえてこの話題に触れない。ガザでイスラエル軍兵士として戦う彼氏を持つチームメートもいる。エルハムさんは「今は楽しく話せないことが多い」と言葉少なだ。

 心待ちにするパリ大会だが、ガザでの戦闘を受け、不安も感じている。イスラエル代表はテロの標的にされるのではないか。応援してもらえないのではないか――。「スポーツにパレスチナ人とユダヤ人の衝突は関係ない。とにかく目の前の試合に集中する」。自らにそう言い聞かせ、大会に臨むつもりだ。(福島利之)

 ◆ゴールボール=視覚に障害がある人を対象に考えられた球技で、パラリンピック独特の種目。1チーム3人が鈴の入ったボール(1.25キロ)を投げ、向かい合った相手ゴールに入れて得点を競う。障害の程度に差が出ないように目隠しをしてプレーする。守備側は、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませ、鈴の音を頼りにゴールを守るため、プレー中は声を出して応援するのが禁止されている。

 ◆イスラエル国内のパレスチナ人=1948年のイスラエル建国後もガザやヨルダン川西岸、ヨルダンなどの隣国に逃れず、イスラエル国内にとどまったパレスチナ人。ユダヤ人国家の理念に反するとみなされ、就職で不利な扱いを受ける。イスラエル中央統計局によると、イスラエルの人口(5月9日時点)は990万人で、そのうち約73%がユダヤ人。約21%がアラブ人(パレスチナ人)。これとは別にヨルダン川西岸に330万人、ガザに230万人のパレスチナ人が暮らす。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください