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大沢在昌さん 中学生に響いた弱さと男気

読売新聞 / 2024年6月21日 15時15分

『待っている』レイモンド・チャンドラー著/稲葉明雄訳(創元推理文庫) 品切れ

 「アフォリズム( 箴言 しんげん)の格好良さに、一発でやられてしまった」。中学生の時に出会った作家レイモンド・チャンドラーのことだ。「作家仲間からは、『中学生にチャンドラーがわかるのか』と言われたけど、わかってしまったんだから」。思春期の孤独感と、センチメンタルなリリシズムが響き合った。

 『さらば いとしき ひとよ』『長いお別れ』などの長編も愛読した。ただ、「俺の考えでは、短編の人だと思う」。締まった短編は、何度も繰り返して読んだ。

 この短編集の表題作も長い作品ではないが、そのエッセンスを味わえる。ホテルの雇われ探偵であるトニー・リゼックが、最上階の部屋にいる女性と、刑務所帰りの男が起こす問題に関わっていく。「リゼックが見せる男気、女性との会話……。チャンドラーの良さを、凝縮している。いつ読んでも素晴らしい」

 チャンドラーが作り出した私立探偵フィリップ・マーロウは登場しないが、リゼックにも似た部分がある。「己のルールに従って生きていて、巨大な相手にも簡単には負けない。でも、鼻っ柱が強くてぶつかっていくほど愚かではなく、大人の分別も持ち合わせている」。『魔女の後悔』で描いた水原など、自らのキャラクターにも通じる。「絶対に負けないスーパーマンではなく、弱さがあって、それに負けまいと歯を食いしばる場面に美しさがある」

 中学生の頃から創作を始めた。書いたのはもちろん、ハードボイルドだ。「それしか書きたくなかった」

作家・生島治郎さんからの「宝物」は今も机に

 愛読していた作家の生島治郎さんへのファンレターを書いたのも、中学生時代だ。生島さんからは丁寧な返事をもらった。後に知遇を得てから、「ファンレターに返事は書かない」という生島さんに見せると、「俺の字じゃないか」と驚かれた。

 その後、直木賞を受けてから、生島さんに1通の手紙を見せられた。茶封筒に鉛筆で書いた、中学生のファンレターだった。「発表してやろうか。嫌だったら、俺の手紙と交換だ」とからかわれたが、生島さんの手紙は返さなかった。“宝物”はいまも机の中にしまってある。「あの手紙があったから、俺は小説家になれた」。ハードボイルドは様々な思い出とともに、作家を育んだ。(川村律文)

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