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映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」…感動を押しつけない本物の感動作

読売新聞 / 2024年6月20日 14時0分

ハナム(ポール・ジアマッティ、左)とアンガス(ドミニク・セッサ、右)

 心にしみるがべたつかない。アメリカ映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」(6月21日公開)は、人の機微、人生の真実を映画でつかまえてきたアレクサンダー・ペイン監督による新たな名品だ。舞台は1970年のマサチューセッツ州、クリスマス休暇の時期を迎えた寄宿制の名門私立男子校。ほとんど誰もいなくなった学校に「居残り」となった教師と生徒と料理長の不器用なふれあいが、思いも寄らぬ光を見せてくれる。(編集委員 恩田泰子)

 主演は、「サイドウェイ」(2004年)でもペインと組んだ名優、ポール・ジアマッティで、役どころは、中年時代の終わりを迎えつつある古代史教師のハナム。ハナムはきまじめで融通がきかず、生徒からは嫌われ、心許せる同僚教師もいない。校長は、誰もやりたがらない役目を彼に押し付けた。クリスマス休暇中も学校に残る訳ありの生徒たちの監督役だ。

 最初は何人かいた訳あり生徒のうち、最終的に残るのは、家族の問題を抱えたアンガス(ドミニク・セッサ)だけ。そして、もうひとり、料理長の黒人女性メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)も学校でクリスマスを迎えようとしていた。彼女は、かつてこの学校で学んだ一人息子をベトナム戦争でなくしたばかりだ。

 それぞれに屈託を抱え、ぽつん、ぽつん、ぽつんと取り残されて生きてきた孤独な3人は、最初はうまくいかない。世代も境遇も違う。だが、一緒にいればいろいろあって、助けたり助けられたりする関係ができあがっていく。互いの心の柔らかい部分に触れながら、気持ちを通わせていく。ただ、冬休みには終わりがある。

 我が道を進んでいるように見えて実は自身も訳ありのハナム、冷たいようで熱いアンガス、そして辛口だが愛情深いメアリー。個性豊かな3人での時間は、時におかしく、時にほろにがく、時にたまらなくいとおしい。ウィットに富んだ会話やエピソードもたのしい。

 よくある凡庸な「感動作」は、観客を感動させるためにつくったようなストーリーやせりふが鼻につくが、本作にはそれがない。おかしみは人間そのものに宿るもの。ほろにがさは人生や社会のままならなさから生まれるもの。つまり本作は、人間や人生を 真摯 (しんし)に描いているからこそ、その中で格闘する登場人物がいとおしく思えて、感動させられるのだ。

 「アバウト・シュミット」(02年)、「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(13年)など同時代を生きる人間を描いてきたペイン。近未来を描いた前作「ダウンサイズ」(17年)はちょっとふるわなかったが、過去を描いた本作はとてもいい。

 1970年代は、ノスタルジックというだけでなく、人と人との直接的なつながりを描く上でも、今よりずっとあからさまに表面化していた不平等を描く上でも、好都合だったのだろう。名門校はその縮図。楽な道が約束されたどら息子もいれば、メアリーの息子のように優秀でも報われない若者もいる。子供のことを 真摯 (しんし)に考えている親もいれば、まったく見当外れな親もいる。人間社会のそんな理不尽を折に触れて描きながら、そのただ中で生きていく3人の物語はつむがれていく。

 タイトルに使われている「ホールドオーバー」という英語の日本語訳として、大抵の辞書が載せているのは「残留者、残留物」という言葉。それだけでも「居残り」たちの物語にぴったりなのだが、「過去から現在に続く行為や感情、考え」という説明をしている英英辞典もある。古代史教師のハナムが、博物館でアンガスに語る「歴史は過去を学ぶだけでなく、今を説明すること」というせりふとも、タイトルは共振しているのだろう。

 もっとも、振り向くだけの物語ではない。どうすれば、今を変えられるか、取り残された状態から脱することができるか。そこまで、この映画は見せる。それがまっすぐ心に響くのは、高からず低からず、平熱のぬくもりを感じさせる俳優たちの演技のたまもの。つくりものと感じさせない人間描写のたまもの。誰かの思いをつないで、人は前に進んでいく。その時、ひとりでも孤独ではなくなるのではないか。この映画は、そんな考えをさりげなく人の心の中に広げる。心に残る人と人とのやりとりも多い。

 ジアマッティは、人間の奥深さを感じさせる名演。帽子とダッフルコートが似合いすぎて、どこかくまのパディントンを思わせたりもするのもいとおかし。ランドルフは誇り高きメアリーにぴったり。そして本作が映画デビューというセッサの堂々たる演技も見逃せない。脇役にいたるまで人間が面白い。いやなやつにかっとさせられる場面もあるが、それに対する3人の態度にぜひ注目してほしい。

 近年のアメリカ映画は超大作と、小規模なインディペンデント映画に二分化されてきたが、本作はその間を行く良作。社会もそうだが、映画の世界も、中間層が充実していなければ、やせていく。こんな映画にもっともっと出会えれば。そんなふうにも思わせる一本である。クリスマス休暇の話ながら、初夏の日本公開。ちょっと季節外れな気もするが、ひとたび映画が始まれば、そんなことは気にならなくなるはずだ。

◇「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」(原題:The Holdovers)=2023年/アメリカ/上映時間:133分/日本語字幕:松浦美奈/配給:ビターズエンド ユニバーサル映画=6月21日から東京・日比谷 TOHOシネマズ シャンテほか。※写真はすべて=Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

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