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陛下の英語力、交際の輪の広がりに応じて上達…英国外務省「シャイだが楽しい若者」

読売新聞 / 2024年6月20日 5時0分

留学先のオックスフォード市内で買い物される天皇陛下(1985年9月23日)

[令和の天皇 日英の絆]<中>

 天皇陛下は1983年に英国に留学した当初、英語のコミュニケーションに苦労された。オックスフォード大学の元教授は、学内での会話に戸惑われる姿を遠巻きに見ていた。

 しばらくして2度目に見かけた陛下は、見違えていたという。その場の全員が楽しめるように話題を提供し、周囲を気遣われていた。「日本の皇位を継ぐ立場の方はこのように成長されるのかと感銘を受けた」と明かす。

 陛下の語学力は、交際の輪の広がりに呼応して上達した。元側近は「お人柄なのか、一度会った人々から次々とお誘いが入り、それに応えるうちに英語が達者になられた」と説明する。

 英外務省が当時、陛下の横顔をまとめた記録が英国立公文書館にあった。テニスプレーヤーでスキーヤー、ビオラ、チェロ、ピアノを演奏するといった説明に続き、<英語はエクセレント。しゃべる時は少しシャイだが、楽しい若者>と書かれていた。

 「やっぱり英語は必要かな」「留学した方がいいかな」。学習院の幼稚園から中等科まで、陛下と一緒だった立花 しんさん(64)は、10代半ばの頃に陛下からそんな相談を受けた。

 父親の仕事で3年間、メキシコで過ごした経験から「これからの時代はどんな仕事でも海外との接触があるから英語は必要。留学先は英国がいい」と答えた。海外で多様な言語に触れ、イギリス英語は格式が高いと感じたからだった。

 ホテルマンの道に進んだ立花さんは、勤務先のホテルオークラで、海外の王族を接遇する皇太子時代の陛下をお迎えしたことがある。「陛下のやりとりは洗練され、堂々としていた。遠い昔の問答を思うと懐かしく、頼もしく感じた」とふり返った。

テムズ川を踏査し研究成果で著書

 陛下は即位直前の2019年4月、著書「水運史から世界の水へ」を刊行された。オックスフォード大学のピーター・マサイアス教授とロジャー・ハイフィールド博士の下で、英文の史料を読み込み、テムズ川流域を踏査し、中世の水運史に迫った日々の喜びと苦労をつづられた。

 関係者によると、オックスフォードでの研究のゴールを巡り、日英で議論が交わされたことがあった。

 日本側に「学位取得」を望む声もあったが、大学側には「審査に合格する水準の論文を英文で完成させるには時間が足りない」という意見があった。

 最終的に研究成果を本にまとめて世に問うことになった。陛下は帰国4年後の1989年、英文でまとめた論文「The Thames as Highway(交通路としてのテムズ川)」を出版された。

 「日本の水門は電動式ですが、テムズ川の水門は手動で開閉できました」

 元建設省河川局長で、陛下のライフワーク「水問題」の相談役を務めた尾田 栄章 ひであきさん(82)は、そう言ってテムズ川流域の踏査を懐かしまれた陛下の姿を覚えている。「外国語に依拠した研究は大変だったに違いないが、そうした苦労が、水を巡る考察を世界の環境や衛生、供給へと広げる原動力になった」と話している。

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