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「四季・ユートピアノ」…演出家・映画監督の佐々木昭一郎さん死去、人間の「最大の美徳」追いかけた人

読売新聞 / 2024年6月25日 14時0分

佐々木昭一郎さん(2014年撮影)

 「四季・ユートピアノ」(1980年)、「川の流れはバイオリンの音」(81年)など傑出したテレビドラマで国際的にも高く評価され、映画「ミンヨン 倍音の法則」(2014年)でも注目を集めた演出家、映画監督の佐々木昭一郎さんが6月14日、肺炎のため死去した。88歳だった。

 佐々木さんは、1960年にNHKに入り、ラジオドラマの演出を経て、テレビドラマを手がけるようになった。

 その作品世界は唯一無二。ラジオドラマ時代から、職業俳優ではない「実生活者」を起用し、現実的な物語状況と拮抗させながら、人の本質、本来持っているはずの柔らかな心の動き、夢や記憶をあふれださせ、映像や音でとらえていった。既成の概念を超えて心に深く響く作品をつくり続けた。

 初の映像演出作品は、母親のイメージを求めて神戸の港をさまよう少年を描いた「マザー」(1969・71年)で、モンテカルロ国際テレビ祭で最高賞を受賞。以降、次々と傑作を手がけていく。15歳の少年の自己形成を描くロードムービー「さすらい」(71年、芸術祭テレビドラマ部門大賞)、つげ義春原作の「紅い花」(76年、芸術祭テレビドラマ部門大賞など)……。

 その作品世界は、過酷な現実を生きる少年少女の物語「夢の島少女」(74年)に出演した中尾幸世さんとの出会いでさらに深化。彼女をヒロインに、ある若い女性の音の日記とも言うべき「四季・ユートピアノ」(イタリア賞国際コンクールグランプリなど)や、「川の流れはバイオリンの音」(芸術祭テレビドラマ部門大賞)に始まる連作「川(リバーズ)」が生まれていった。その後も数々の作品を手がけ、96年にNHKを退職。2014年に初の映画作品「ミンヨン 倍音の法則」を発表した。

 佐々木作品の特性は、「ドキュメンタリー的な即興性」「詩的な映像感覚」といった言葉で説明されることが多いが、もちろん、それだけでは語りつくせないものがある。また、登場人物の内なる記憶や夢を、時系列ではなく、その人物の心の動きに寄りそうように去来させる構成を「難解」だと決めつける人もいたが、佐々木作品は難解どころか、徹底的に素直で純粋だ。もちろん、よくある「わかりやすい」映像作品とはまったく違う。けれども、音楽や人との出会いが呼び水となって、思いがけない記憶や感情が飛び出してくるのが、人間の本来ではないか。

 人の体に切れ目を入れて裏返せば、出てくるのは血や臓物。それはまぎれもない現実だ。ただ、佐々木さんが見せたのは、もう一つの現実だ。パッヘルベルのカノン、モーツァルト……美しい音楽で世界に裂け目をつくり、人の心を裏返すことによって見えてくる夢や記憶を描き出した。フィジカルな現実によって構成されているろくでもない現実を、圧倒的に純粋で切実で痛ましくも美しいものをつかみだすことで 凌駕 (りょうが)する。

 1936年生まれの「佐々木少年」の戦時中の体験、記憶と密接につながっている映画「ミンヨン」を見ても、そう思う。同作の構想などを記した大きなノートには、こんな言葉が書き付けられていた。

 <人間の最大の美徳は夢を見ることだ 反対に 最大の悪徳は原爆を持つことだ>

 佐々木さんは、ずっと草野球を続けていて、普段はスポーティーな装い。でも、中折れ帽にジャケット、ネクタイという姿もとてもさまになる人だった。その多面性、柔らかな何かを体の内に秘めているような気配が、作品にも重なる気がした。

 「ミンヨン」を発表した後は、同作の私家版サウンドトラック制作や、紙を使ったコラージュに取り組んだりもしていた。どちらも飽くことなく改訂を重ね、自分の純粋な思いにぴたりとくる表現をさぐりあてようとしているようだった。

 そんな時間の中で佐々木さんが醸成していたはずの千の物語、千の夢が、新たな映像作品になるのを見たかった。それはもうかなわないけれど、これまでの作品は残っている。再放送でも再上映でもいい。みんながもう一度、佐々木作品を通して人間が進む先を見つめ直す機会が増えることを願う。

 「川の流れはバイオリンの音」の中で、中尾さんが演じるA子(栄子)が出会うイタリアの言葉をいま一度抱きしめ、佐々木さんに手向けたい。「黄金のゆめを  Sogni d’oro」

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