1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「密室化」するデジタル政策形成、事業者の意向を色濃く反映…個人情報保護法見直し巡り

読売新聞 / 2024年6月25日 19時0分

 個人情報保護法の3年ごと見直しを巡り、規制強化を警戒するIT業界がロビー活動を活発化させている。これに呼応するかのように、自民党デジタル社会推進本部が先月公表した提言書「デジタル・ニッポン2024」には、業界の主張とほぼ同じ内容の主張が並んだ。国民には見えにくい「密室」での政策形成について考えた。(若江雅子)

「経済界が望まないのになぜ」

 「経済界が望まない課徴金の話が、なぜ出てきたのか」

 4月4日、東京・永田町の自民党本部。デジタル社会推進本部の会議で、個人情報保護委員会(個情委)の事務局幹部らは、経団連や新経済連盟、日本IT団体連盟などのロビイストらの前で議員から問い詰められていた。

 個情法は附則で施行後3年ごとの見直しが定められており、現在、個情委は来年の通常国会での法改正を視野に論点整理を進めている。一方で、規制強化につながると警戒するIT業界は議員らに不安を伝えていた。その一つが、課徴金制度の導入方針だ。

 課徴金制度とは、行政庁が違反事業者に金銭的不利益を課す制度で、国内では独占禁止法や景表法などには導入されているが、個情法にはない。このため現状では、重大な違反行為があっても、個情委はまず改善命令を出し、それでも事業者が従わない場合は刑事告発するほかない。法執行が個情委で完結しないため、スピード感に欠ける上、専門性に欠ける刑事司法には事案の悪質性・重大性の判断が難しい面もあり、まだ法人に刑罰が科されたことは一度もない。

 一方で海外では、巨大IT企業への執行も意識して制裁金など類似の制度が強化される傾向にあり、日本でも改正のたびに導入の必要性が唱えられてきたが、そのつど頓挫してきた。

 今回も業界は強く反対している。

 課徴金制度を検討対象に入れた理由をたずねる議員に、個情委側は「2020年改正法の付帯決議に『課徴金制度の導入については引き続き検討する』と盛り込まれている」とこれまでの経緯を説明したが、議員らは「経済界が『今じゃない』と言っている中で続けるのか。個情委の組織体制自体がおかしい」として、批判の矛先を組織の問題に向け始めた。

 「個情委は独立行政委員会だからといって偉ぶって、民間事業者の話を聞かない」。議員からはこんな激しい言葉も出たという。

 これには伏線があった。情報公開法に基づき開示された資料などによると、3月13日のデジタル社会推進本部で議員側から、個情委が米オープンAIに対して行った昨年6月の注意喚起(行政指導)について質問があった。行政指導の前に外部の意見を聞かないのか、という趣旨の質問に対し、ある事務局職員が「個情委は独立した機関であるため、決定は委員会内で行われる。ただし、決定に至るまでの情報収集の過程では、各省庁から必要に応じて意見を聞いている」と発言したという。

 個情委は組織法上、内閣総理大臣の下に置かれているものの、職権行使の独立性が保障されている独立行政委員会であり、「法執行」の判断を独立して行うのは当然のことだ。だが、議員側はこの発言を「法執行」ではなく、「政策立案」について「個情委は『民間の話を聞かない』と言った」と受け取り、「個情法の見直しを民間の話を聞かずに進めようとしている」と批判し始めたのだった。

 実は、この「民間の話を聞かない」も、業界団体が事前に議員に伝えていた個情委への不満の一つだった。個情委側は趣旨が違うと説明したが、もう議員の耳には入らない様子だったという。

 4月4日の会合では、同席していたデジタル庁幹部も「個情委を作った頃は、団体と徹底的に議論をし、議員とも何度も話し合った」「今の個情委は解釈が全て保護の方向に振れている」などと同調している。

 こうした批判は「個情委に任せていたら、民間の意見を聞かずに法律を厳しくする」という見方につながり、次第に「個情委がもつ『執行』と『政策立案』の機能のうち、政策立案は他に移すべきだ」との意見を強めていった。

「3年ごと見直し」の見直しも要求

 個情法見直しをテーマにしたデジタル社会推進本部の会合は4月24日まで4度にわたって開かれた。

 個情委への「注文」は多岐にわたり、業界が求めている「本人同意を不要とする個人データの第三者提供」の提案や、重大な個人データ漏洩事案が発生した場合の個情委への報告義務が事業者の負担になっているとの言及もあったようだ。

 さらには「3年ごとの見直し」を定めた個情法の附則も俎上に載った。3年ごとの見直しはICTの変化の速さに対応するために義務付けられた規定だが、その都度、規制が厳しくなると事業者が困る、というのである。

 議事録によると、同席していたデジタル庁幹部は、附則の文言を「3年ごと」から「3年後」と修正すればいいのだと提案している。「『3年ごと』だと、毎回附則に書かなくても3年ごとに見直しは検討しなければならないが、『3年後』だと、改正の都度附則に書かないと検討されない」。つまり、わずかな文言修正で、一度見直せばそれで終わりにすることができるのだという、事業者のためのアドバイスのようだ。

業界の意見を反映

 自民党デジタル社会推進本部は5月23日、提言書「デジタル・ニッポン2024」を岸田首相に手渡した。デジタル・ニッポンは、同本部が毎年発表している日本のデジタル戦略への提言で、政府が閣議決定する骨太の方針やデジタル重点計画に反映されることもあるなど、大きな影響力をもつ。

 提言書には個情法3年ごと見直しについても約6ページにわたり盛り込まれていた。だが、意見の多くは、これに先立つ4月24日に経団連や新経済連盟、日本IT団体連盟など8団体が連名で公表した意見とほぼ同じだった=表=。

 「課徴金や団体訴訟制度の導入は慎重に」「個人データの第三者提供時の本人同意原則の見直し」「漏洩報告の作業の検証」、そして、「『3年ごと見直し』自体の見直し」――。いずれの提案も、利用者保護や海外の制度との整合性の観点からは不合理な要求にもみえる。だが、個別論点については別の機会に取り上げることとして、ここで注目したいのは、デジタル・ニッポンの提言に、これらの「高めの要求」と一緒に、個情委の権限分離論が入ったことだ。提言書では、「政策立案と執行体制を一元的に担うのが現在の仕組みだが、体制の分離も含めた政策立案能力の強化が検討されるべきである」との表現で盛り込まれた。

 本部長の平井卓也議員は取材に対し、「個情法はあらゆる業界の事業者とユーザーのやりとりを規律する、デジタル社会の基本となる横断的で強力な法律。一部の人間で決めていいものではない」とその意図を説明する。

 結局、この提案は6月のデジタル重点計画などに盛り込まれることはなかった。だが、霞が関の中には「規制を緩めなければ権限を奪うぞ、という恫喝だ」と受け止める者もいた。

 仮に個情委の政策立案機能が他の機関に移された場合どうなるだろうか。

 「法律の執行を担当する行政機関が、執行を通じて専門性を高め、その中で蓄積された知見を法律の見直しに生かしていくのが通常のやり方。執行と政策立案が分離されれば、そのサイクルが崩れて立案能力は低下し、穴だらけの法律になってしまうのではないか」。情報法研究者として長年、世界のデータ保護法制を見てきた中央大学の石井夏生利教授はこう懸念する。日本の保護レベルが落ち、海外のデータ保護法制との整合性がとれなくなれば、国際的なデータ流通にも支障がでかねないという。

「個情委はガードが堅い」

 昨秋以降、3年ごと見直しの作業が本格化するなかで、各方面から「最近の個情委はガードが堅い」「民間の声を聞かない」という不満が聞こえていたのは事実だ。

 もっとも、今回の見直し作業では、個情委は昨年11月以降、現時点まで15回にわたり関係団体や有識者のヒアリングを開催し、経済団体は13団体が呼ばれ、このうち経団連や新経済連盟など4団体は2度も呼ばれている。消費者団体はたった1団体で一度きりだ。利用者よりむしろ事業者の声に耳を傾けているという見方もできるだろう。

 これについて、ある業界団体のロビイストは「正式なヒアリングはこちらが意見を述べるだけ。非公式の場で、腹を割って話し合いたいんだ」と訴える。たしかに、民間事業者のもつ知見や、最新の技術動向、ビジネスの実情などを政策立案者に伝えることができれば、よりよい政策の実現に役立つかもしれない。技術やビジネスの変化のスピードが速いデジタル分野の政策ではなおさらだ。だが、当然ながら、そこでなされる情報提供や提案が、当の事業者に都合の良いものにならないという保証はない。

 長年、情報通信分野の消費者問題に取り組んできた長田三紀・情報通信消費者ネットワーク代表は「経済界と同じことを消費者側はできるだろうか」と首をひねる。「ロビー活動はどうしても『強者』に有利に働く。せめてオープンな場でやってもらわないと、その主張の妥当性を社会が十分検証できないうちに大勢が決してしまうのではないか」

非公式な場での政策形成

 自民党のデジタル社会推進本部は、2020年10月に特別委員会から昇格して本部になったばかりだが、近年、急速に影響力を増している。ただ、そこは一般国民が容易にアクセスできない「非公式」な場である。

 行政法が専門で、情報公開法に詳しい友岡史仁日大教授は「国会は憲法で定められた公開の原則をもち、行政機関も公文書管理法や情報公開法があるため、それぞれその政策形成過程は国民に一定程度開かれている。ところが、実質的に大きな影響力をもつ与党での政策形成過程には国民のアクセスを保障する制度はない」と指摘する。日本には政党法もなく、政権政党といえども私的集団に過ぎないからだ。

 では、その現実にどう対処すればいいのか。友岡教授は、公文書管理法が行政機関に対し、法令の制定や改正などの経緯も含めた「意思決定に至る過程」を検証できるよう文書作成を義務づけている点を挙げ、「政策形成過程のブラックボックス化を防ぐには、行政機関の側で、政権政党とのやりとりを記録し、情報公開の対象とすることが現実的な対策ではないか」という。

 2008年に成立した国家公務員制度改革基本法も、政策形成を政治主導に切り替えるための幹部人事一元管理化と共に、政策形成過程透明化のために政官接触記録の作成・公開などの措置を講じることを求めたが、後者はまだ具体化されていない。

 団体や個人によるロビー活動の透明性や公正性を確保するための制度も必要だろう。先進首脳7か国のなかで制度がないのは日本だけだ。今回、個情委の事務局が業界との対話を避けていると批判されているが、透明性確保のためのルールが不在の中では、たとえ政策担当者が幅広く民間から情報を収集したいと考えたとしても、中立性が損なわれることを恐れて接触を避けざるを得ない面もあるのではないか。

 一方、前出の石井教授は「個情委自身が意思決定に至る過程をオープンにする努力が必要ではないか」と訴える。

 例えば個情法2015年改正の際は、有識者による検討会を組織し、2013年9月から2014年12月まで、ワーキンググループも含めると19回にわたって議論を重ね、制度改正大綱をまとめた上で法律案の骨子を作成した。一方、今回は、個情委側が論点を提示し、その論点についての意見を関係団体や有識者から聞き取るという形で、双方向性のある議論にはなっていない。オープンな議論によって合意を形成していけば、政治も介入しにくくなるのではないか。

 今月末には、今回の3年ごと見直しの中間とりまとめ案が公表され、パブリックコメントが開始されると思われ、検討は後半戦に入る。オープンな議論の場が設けられることに期待したい。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください