<映像作家・佐々木昭一郎さんがのこしたもの>はらだたけひで…奇跡のような一筋の光【寄稿】
読売新聞 / 2024年6月28日 10時0分
6月14日に死去した演出家・映画監督の佐々木昭一郎さんは、テレビドラマ「四季・ユートピアノ」や映画「ミンヨン 倍音の法則」など、既存の概念を超える映像作品で国内外の人々を魅了した。佐々木さんがのこしたものとは……。「ミンヨン 倍音の法則」を企画・プロデュースした、はらだたけひでさん(画家・絵本作家・ジョージア映画祭主宰、元岩波ホールスタッフ)に追悼の文章を寄せてもらった。
「ミンヨン 倍音の法則」(2014年)が完成してから10年
高校生の頃、「さすらい」(1971年)を見て衝撃を受け、確かな人生を求めて、わたしは放浪の旅に出た。後に岩波ホールに入社し、彼の「四季・ユートピアノ」(1980年)、「川の流れはバイオリンの音」(1981年)等を家で正座をして観たことを
佐々木さんの作品を言葉で語ることはわたしには難しい。しかしその創造の源には彼の音楽と音の記憶がある。「夢の島少女」(1974年)のパッヘルベルのカノン ニ長調、「四季・ユートピアノ」のマーラーの交響曲第4番、「ミンヨン 倍音の法則」のモーツァルトのピアノ協奏曲第22番第3楽章、交響曲第41番「ジュピター」。これらの音楽との出会いは格別であり、魔法のようにわたしたちに忘れることの出来ない
佐々木さんの作品は音楽と音を核にして、彼がいつまでも生々しい傷として抱えていた少年期の記憶──太平洋戦争、父母との思い出、疎開の体験など、その怒り、悲しみ、
昔、佐々木さんが語っていたことだが、彼はたくさんの色のクレヨンを与えられると、思うがままに紙に色を塗り重ねてゆくうちに、真っ黒になって、
亡くなる前に佐々木さんは、近頃、自分の何十年も前の作品が外国で評価されているようだが、なぜだろうといっていた。わたしは思わず「今の時代は詩が乏しいからではないか。佐々木さんはひとコマの映像に永遠、詩を求めている」といってしまった。そこで話は大谷のホームランの話へ移った。しかし彼は話を変えたわけではない。アマチュア野球の選手だった彼は、詩の有り様と大谷のホームランの映像が重なったのだ。
撮影中は、撮影の吉田秀夫氏や葛城哲郎氏、音響の岩崎進氏、そして製作の遠藤利男氏、限られたスタッフ以外の者が現場に近づくと
作品について常日頃語っていたこと。「物語にはある抽象性が必要だ、観客が
佐々木さんは指揮者の武藤英明氏から「倍音」を教えられた。「ミンヨン 倍音の法則」で提示した「倍音」は、佐々木さんが
物質文明は「進歩」という名のもとに、デジタル化、合理化、経済優先で突き進んできた。その結果、人間性を疎外し、自らの未来さえも閉ざそうとしているのではないか。戦争や暴力が世界を覆い尽くし、社会は
そして数年前から佐々木さんはにわかにコラージュ作りに夢中になった。光のスペクトルのような色彩を貼り合わせて虹色の世界を作っては、知人、友人に贈っていた。彼のメールアドレスもイタリア語の虹だった。彼は自身の虹を世界に
佐々木昭一郎、彼のような映像作家は二度と現れることはないだろう。葬儀の前夜、わたしは夢で、高く険しい峰の白い頂に向かって、佐々木さんとともに、少しでも高みに近づこうと歩み続けていた。今はその旅に加わらせていただいたことへの感謝しかない。佐々木さんが逝ってしまった今、わたしにとって世界はただ
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