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岐阜の絶景観光、飛騨小坂の滝と湿原を巡る…下島温泉の高濃度炭酸泉で体を癒やす

読売新聞 / 2024年7月5日 16時45分

 滝の 轟音 (ごうおん) 静謐 (せいひつ)な森を貫く。 滝壺 (たきつぼ)から立ち上る霧は、風を呼び、渓谷の隅々にまで行き渡り、全身を包み込む。 御嶽 (おんたけ)山(標高3、067メートル)の西側一帯に広がる岐阜県の () () () (さか)エリアには、たくさんの滝があり、年間を通じて滝めぐりを楽しめる。そして、そこにある 下島 (したじま)温泉は、高濃度炭酸泉という全国的に珍しい泉質を誇り、滝めぐりで疲れた体を癒やす。この滝と小坂地域の温泉を「岐阜未来遺産」としてアピールする岐阜県に招待され、滝を愛するガイドとともに渓谷を歩いた。(編集委員 森太)

スタートは溶岩の絶壁を楽しむ「がんだて公園」

 「ようこそ、いらっしゃいました」。東京から新幹線、特急ひだ、在来線を乗り継ぎ、JR高山線飛騨小坂駅の歴史ある木造駅舎に到着すると、滝めぐりガイドの 熊崎 (くまざき) (じゅん)さん(41)に迎えられた。岐阜県観光国際政策課の川瀬雄貴さんも同行し、ここから車で20分ほどのところにある「がんだて公園」からスタートした。

 駐車場の眼前にそびえ立つ溶岩の絶壁「 巌立 (がんだて)」に圧倒された。「約5万4000年前の御嶽山の噴火によってできた溶岩流の断面です」と熊崎さん。地震や長年の風雨で崩落したり、剥がれ落ちたりしながら、垂直の岩肌をむき出しにしてたたずんでいる。2本の川に挟まれたこの巨大な溶岩台地は、高さ約72メートル、幅約120メートルあるそうだ。頂上部分は、森になっている。

 ここから御嶽山頂まで2000メートル以上の標高差がある。その 急峻 (きゅうしゅん)な地形を豊富な水が勢いよく流れ落ちるから、滝が多い。あまりにも多いため、小さな滝はカウントされない。高さ5メートル以上の滝だけで200以上あり、地元は「日本一滝の多い町」を掲げる。それらの滝を安全に楽しめるように、地元住民らでつくるNPO法人「飛騨小坂200滝」がさまざまなガイド付きツアーを用意している。

初心者コースで三つの滝、マイナスイオンを浴びる

 私たちは、川沿いの遊歩道から森へと登り、そこから下って人工湿原を経て戻ってくる3時間ほどの初心者コースを歩いた。途中、三つの滝が見られる。川沿いの遊歩道に入ると、一気に気温が下がった。「冷たい川の流れのおかげで、真夏でもここは20度台ですね」と、熊崎さん。透き通った川に、イワナとアマゴの魚影を見た。途中に「本日のマイナスイオン」と書いた立て札があり、この日は、1ccあたり5700個とある。「一般家庭では0〜100個程度」と書いてある。熊崎さんは「80代の先輩ガイドが元気なのも、このおかげかもしれませんね」と笑った。

 遊歩道を歩き始めて10分ほどで、早くも最初の滝「三ッ滝」に到着した。上段6メートル、中段11メートル、下段5メートル。熊崎さんは「面白いのは、正面からだけでなく、上から、横から、後ろからと、遊歩道に沿って滝をなめ回すように見られることです。そういう場所は全国的にも珍しいと思います」と話した。確かに、駐車場からわずか10分のところで、これほど入念に滝を観察できるのはうれしいではないか。

ハンモックで「天空の城ラピュタ」気分

 途中で遊歩道から登山道に入り、しばらく登ると、溶岩台地の頂上に広がる森に入った。熊崎さんが指さす地面を見ると、青みがかった半透明の小さな植物が生えていた。ギンリョウソウという腐生植物で、森の中では、ぼうっと、おぼろげに浮かび上がっているように見える。その様子からユウレイソウとも呼ばれるそうだ。熊崎さんは「梅雨の使者です。これが生えると梅雨がきます」と説明した。

 原八丁と呼ばれるこの森は、昔は木を切って炭焼きが行われていた。つまり、原っぱが広がっている光景だったのだ。炭焼きが行われなくなった今、わずか数メートルの浅い腐葉土に樹木がほぼ水平に根を張っている。歩くと、ふかふかした弾力を感じる。空中に浮かぶ森は、すぐに反対側の端に着いた。はるか下を流れる 濁河 (にごりご)川の音だけが聞こえた。熊崎さんがハンモックをセッティングしてくれて、私はそこに寝転んで心地よい揺れに身を任せながら、宮崎駿監督のアニメ映画「天空の城ラピュタ」を思い出した。

人の営みが生んだ映えスポットの湿原

 御嶽山の登山道は、江戸中期の 覚明 (かくめい)行者が一般の人々も歩けるように開いた。森の一角に、覚明行者にまつわる石があった。覚明行者が亡くなった後、地面から生えてきたという言い伝えの残る石だ。それは、そこから眺望できる御嶽山に似た形をしている。

 山岳信仰のため古くから人々が訪れたこの溶岩流の渓谷は、江戸時代から林業で栄えた場所でもあり、木材の運搬形態は、舟運から森林鉄道、トラック輸送へと変わってきた。登山道には今も森林鉄道のレールが残っている場所があり、クマ除けの鐘や、ガードレールとして活用されてもいる。

 コースは下りに入り、突如現れた湿原の美しさに息をのんだ。周囲の樹木が鏡面のような水面に映っている。秋の紅葉時期は、ひときわ美しいという。肉眼で見るよりもカメラで撮影した方がきれいに見える映えスポットである。

 「この台地には水がないはずなのに、なぜ湿原があるのでしょう」。熊崎さんがそう問いかけて説明を始めた。「ここは人工の湿原です。もともと局所的に降雨後の水がたまりやすい場所で、林業が盛んだった頃は木材集積場でした。その役割を終え、草木が生い茂っていたのを近年、商工会とNPOの活動で復元し、湿原を取り戻したんですよ」

 「どんびき平」という通称で呼ばれるこの湿原は、カエルの楽園でもある。どんびきとは、地元でカエルのこと。いろんな種類のカエルが生息しており、水面に突き出た木の枝にモリアオガエルの卵塊を見つけた。集団で木の枝に泡状の卵を産むのが特徴で、オタマジャクシになって池に落ちるそうだ。テレビで見たことはあったが、実際に見るのは初めてだった。熊崎さんは、「人が手を加えることで生まれた生態系と言えます。ポジティブな変化ですね」と話した。

 ただ、この環境を守っていくには、繁殖力の強い植物の刈り取りなど手間がかかる。飛騨小坂200滝のメンバーなどで行っているが、この地域も高齢化率が高く、慢性的な人手不足だ。最若手メンバーの一人である熊崎さんは、「まずは来てもらって、好きになってもらい、手伝ってくれる人が出てくればありがたいですね」と話した。

「滝とともに生きる」、ガイドと歩く楽しみ

 トレッキングコースはいよい終わりに近づいた。最後に訪れたのは、落差15メートルの「 唐谷 (からたに)滝」と、その近くにある落差14メートルの「あかがねとよ」。特に、唐谷滝の迫力はすごかった。すさまじい水量が滝壺に轟音を立てながら流れ落ち、会話も聞こえない。水煙に全身を包まれ、滝の世界に没頭した。近くの岩の上で寝転がっている人がいた。マイナスイオンを浴びながらこの滝の傍らで1日を過ごせば、小さな悩みなど、どこかに吹っ飛んでいくだろう。

 「滝とともに生きる。それが私の人生です」。生まれも育ちも飛騨小坂という熊崎さんは、ゴールへと歩きながら話した。「地元の人たちがここの滝のことを調べ上げて、僕が生まれた昭和58年(1983年)に発刊された写真集があるんです。ほとんどの滝は、子どもには行けないところだったんですが、それを見ながら育ちました。僕にとってのバイブルです」。大人になって実際に写真集の滝を訪ね、ますます滝の魅力にはまった。熊崎さんは「滝は生きています。季節や雨量によって姿が変わりますし、長い目で見れば、地形の変化によって滝がなくなったり、新しい滝が生まれたりします」と熱く語った。

 飛騨小坂をベースに現在、全国の登山ガイドもしているという熊崎さんは、ほかの山を登ることで新しい発見があり、自分たちの抱える課題も見えてきたという。「でも、やはり小坂の滝が一番ですね」と自信を見せる。春と秋は滝めぐり、夏は沢を登るシャワークライミング、冬は (ひょう) (ばく)ツアーを楽しめる。中級、上級コースなら50メートル級の滝もある。熊崎さんは英語ガイドもでき、ほかに通訳案内士の資格を持つ女性ガイドもいるそうだ。

 「ぜひ世界中の人たちに訪れてもらい、飛騨小坂の魅力を発見してほしい」。熊崎さんはそう願っている。

高濃度炭酸泉の宿、しゅわしゅわと肌に泡

 この日は近くの下島温泉の宿「 仙游館 (せんゆうかん)」に宿泊した。天然の高濃度炭酸泉で知られる。炭酸泉とは、炭酸ガスが溶け込んだ温泉のことで、ラムネ泉とも呼ばれ、古くから親しまれてきた。湯1リットル当たりの炭酸ガス濃度が250ppm以上を炭酸泉、その中でも1000ppm以上を高濃度炭酸泉と呼ぶ。下島温泉の湯は1200ppmを超え、全国屈指なのだ。

 さっそく露天風呂と内湯につかった。屋外にある川沿いの露天風呂は、石の湯船から濁河川を見渡せる。内湯では、源泉かけ流しの湯船があった。宿の源泉は約16度で、「冷泉」とある。鉄分など様々なミネラルを含み、しゅわしゅわと肌にまとわりつく泡が血行を促進する効果があるという。冷泉とはいえ、冷たいと感じるほどではなく、長くつかったところ、翌日、体がとても軽く、驚くほどの効果を感じた。廊下には飲泉場もある。胃腸にいいそうだ。

 夕食は、4代目女将の伊藤博子さん(66)がもてなしてくれた。息子さんが釣ってきたという大きなアマゴ、名物の炭酸泉湯豆腐、飛騨牛の陶板焼き、コシアブラやワラビといった地元野菜が並び、地酒とともにどれもおいしくいただいた。1931年創業の宿は、愛知県岩倉市出身の初代がここの湯にほれ込んで開業したそうだ。

 飛騨小坂の滝めぐりと高濃度炭酸泉は、ここでしか味わえない魅力にあふれている。観光化されておらず、気取らない素朴な雰囲気の中に人々の温もりを感じられる。私は、再訪を決意した。

 ◆この記事は、日本の地方から「おいしい、美しい、素晴らしい」を世界に紹介するジャパン・ニューズの Delicious,Beautiful,Spectacular JAPANシリーズの一つです。

 英字で読むにはこちらhttps://japannews.yomiuri.co.jp/original/delicious-japan/20240630-194774/

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