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ホン・サンス監督「WALK UP」…韓国の映画名人が描く「あがり」のない人生

読売新聞 / 2024年6月28日 14時0分

 韓国のホン・サンス監督は多作の映画名人。登場人物たちのスライス・オブ・ライフ(人生の一コマ)を繰り返し映画にしながら、男というもの、女というもの、人というものを描いてきた。が、28作目の長編「WALK UP」ほど見ていて身につまされた映画はない。舞台は地上4階・地下1階建ての 瀟洒 (しょうしゃ)な建物。主人公の男が階段をあがるたび、人生はうつろう。(編集委員 恩田泰子)

 主人公は、中年の映画監督ビョンス(クォン・ヘヒョ)。彼が、娘(パク・ミソ)を連れて、インテリアデザイナーとして活躍する知り合いの女ヘオク(イ・ヘヨン)の所有する建物を訪ねるところから物語が始まる。

 ヘオクは2人を歓待する。建物は1階がレストランで2階もその関連。3階と4階は住居などとして貸している。地下はヘオクのためのスペース。全体的にしゃれている。

 ビョンスの訪問の主眼は、大学で美術を学んだ娘のキャリア相談だが、ヘオクの関心はもっぱらビョンスに向いている。家庭生活はぐだぐだながら映画監督としては絶好調。ヘオクの目には、おしゃれな建物にふさわしい業界人と映ったのか、なんなら住んでほしいと彼に言う。やがて彼は住人となる。

 映像は全編モノクローム。物語は4章構成。1階から始まり、章ごとにフロアが変わる。階が移るたび、ビョンスの状況や付き合う女は変わっている。映画監督としての立ち位置もなんだか微妙になっている。人生の階段を上がっていたはずなのに、持ち上げられてもきたのに、気がつけば、かやの外。

 突然、それまで通りにいかなくなってしまう時期が、人生にはある。そんな時期を、この映画は、たんたんと描き出す。ギターをつまびき、ワインをたのしみ、映画や人生について語り合っていた男が、いつの間にか、焼酎と焼き肉と高麗 人参 (にんじん)に流れ、所帯じみた話をしている。大人のいい女としてふるまっていたヘオクも、いつの間にか俗物ぶりを隠せなくなっている。

 痛い。見ていてイタいひとごとというのではなく、思い当たる中年案件が多々あって痛い。でも、同時に、なんだかほっとする。ままならない日常にもがいているのは自分だけじゃないと思えるから。それだけで終わる映画ではないのだけれど。

 ホン・サンスは、人生の断面を本当に鮮やかに映し出す。今回は、縦に伸びる建物空間を、ゆるやかにらせんを描く狭い階段を、見事に生かしているけれど、そこは名人、それらをこれみよがしに強調して映し出したりはしない。作為を感じさせず、ただ、ただ、そこにある人生を切り取っているような風情を貫いている。ホン作品常連のクォン・ヘヒョと、常連になりつつあるイ・ヘヨンという、2人の名優も絶妙。単なる素の人間ではなく、どうしても素になれない人間の本来を見せている。

 映画人をめぐる話を、ホンは何度も何度も描いてきたけれど、ついでに言えば、美術を学んだ娘のキャリア相談から転がっていく物語も初めてではないけれど、その映画は決して焼き直しにならない。つくりごとの再演ではなく、その時、その場所で、その俳優たちが生み出すものをつかまえているからだ。次から次へと映画を作ることによって、その時点での監督の人生の実感が反映されているようにも思う。

 最上階まで行った後、映画は思わぬ展開を見せる。それは、まるでメビウスの輪、あるいはエッシャーのだまし絵。人生をわかったような気にさせないのが、にくい。見終わった後、なにかしらちょっとのみながら、あれこれ語りたくなるのが、にくい。酒飲みでなくても、そんな気分にさせられるのが、これまたにくい。

◇「WALK UP」=2022年/韓国/上映時間:97分/字幕:根本理恵/配給:ミモザフィルムズ=6月28日から、東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか、全国順次公開

 ※場面写真=(C)2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.

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