避難所を離れ、仮設住宅で新生活…「まちの再生のために目の前の人たちを支えたい」
読売新聞 / 2024年7月1日 5時0分
[歩む 1・1能登地震]第2部<1>
引っ越し当日の朝は初夏らしい青空が広がり、声も自然と弾んだ。
「こんなにたくさんは仮設に入りきらんかもね」
石川県珠洲市の横場明日香さん(37)は6月22日、家族3人と「朝日避難所」から500メートルほど先の仮設住宅へ移った。椅子、クッション、支援物資としてもらった衣類……。父の松男さん(61)が運転する軽トラックで家財を運び込んだ。
「ほっとしている」のが正直なところだ。地震で自宅が全壊し、下敷きとなった祖父の政則さん(当時85歳)を亡くした元日から避難所生活が続いた。
身を寄せた下水道施設では、十数世帯が寝食をともにした。4人の生活空間は5畳ほどで、畳や布団を敷いた段ボールの上だった。気苦労も多く、足腰が弱りつつある祖母の春子さん(84)への負担も心配していた。
停電は1月中に解消されたものの、水道はほぼ使えないまま仮設トイレで用を足した。市職員の明日香さんは仕事の後、近くの学校へ車で急いだ。自衛隊が提供する風呂は午後9時まで。間に合わない日は、ウェットシートで体を拭いた。
遅く戻ると、周りは寝静まり、足音を立てないようそそくさと寝床へ潜り込んだ。夜中に目を覚まし、春子さんとこぼし合うこともあった。「みんなのいびきで眠れんなあ」。疲れがたまり、朝は「あと30分寝たい」と思っても、周囲が起きればそうは言っていられない。
半年ほど過ごした避難所を出る時、明日香さんは母の久美さん(60)らとあいさつに回った。「お互いに頑張ったね」と声をかけられ、春子さんは「どうにかね」とうなずいた。「元気でね。近くだから遊びに来て」。明日香さんは、ここに残る高齢男性を気遣った。
地震発生から4日後、明日香さんは職場に戻り、他の避難所の運営を手伝うなどしてきた。今は環境建設課で上水道を担当する。同僚3人と断水が解消した地域の住民の料金徴収手続きを進めるのが主な日課だ。
「元栓の開け方が分からない」と相談されれば、現地に赴くが、開栓しても水が出ないことはよくある。損傷が宅内配管に及んでいるためだ。落胆する住民に「ごめんなさい。まだ無理や」と伝える。水が使えるかどうかで、天と地の差があることは痛いほど分かる。
多い日は3、4軒回ったろうか。配管の被害はひどく、「復旧が遅れると古里を離れる人もいる」と不安が募る。顔に出ていたのかもしれない。3月、東日本大震災を知る宮城県石巻市の応援のベテラン職員が「長い目で見て。根詰めると持たんよ」と助言してくれた。
その言葉に、少しだけ気が楽になった。時折思い出しては深呼吸し、「焦ったらだめ」と自分に言い聞かせる。「できることはささやかだけど、まちの再生のために目の前の人たちを支えたい」。思いを強くする。
仮設住宅ではトイレも風呂も自由に使える。間取りは3LDKで両親、祖母、自分それぞれの部屋がある。
春子さんは、別棟の仮設住宅に入った友人とおしゃべりに興じている。久美さんは「これからは自分の部屋でのんびりしてほしい」と、避難生活と仕事を両立させてきた娘を思いやる。
松男さんは「地震の日以来の大きな一歩や」と言う。4人が政則さんのことを口にする機会は少ないが、「落ち着いたら、きちんと弔ってあげたい」との思いは一致している。初盆前には葬儀と納骨を済ませるつもりだ。
あの日から止まっていた一家の時計の針が、ようやく新たな時を刻みだした。
(中川慎之介)
能登半島地震から半年。発生3か月に続き、被災地に生きる家族の姿を追う。
これまでの経緯
「明日香は宝や」が口癖だった政則さんは、家族全員がいた自宅で一人だけ命を落とした。明日香さんは「じいちゃんが全部引き受けて、私たちを生かしてくれたんだ」と思う。トンネル掘削員として身を粉にして働く父の姿を見てきた松男さんは、これからは自分が家族の暮らしを支えなければと感じている。
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