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「いいことやうれしいことだけを分かち合いたい」…庄野潤三さんの妻から娘へ、幸せの手紙800通

読売新聞 / 2024年7月2日 9時30分

「誕生日のアップルパイ」(夏葉社)の題で刊行

 『夕べの雲』などの小説を残した作家の庄野潤三さん(1921〜2009年)は、家族とのかけがえのない日々を描いたことで知られる。その妻の千寿子さん(17年死去)が、長女の今村夏子さん(76)に800通を超す手紙を残していた。庄野文学にも通じる母娘の温かな手紙の一部は、『誕生日のアップルパイ』(夏葉社)の題で出版された。

 「おいしいレモンパイありがとうございます。何ておいしいパイでしょう。おいしかった!!」(1973年3月20日)

 「本当にお互いに丈夫で、よく働いて、一族仲よくて、本当に本当に幸わせ(略)マムより お夏どんへ」(84年9月)

 押しつけがましくなく、読む人を前向きにさせる内容の手紙の数々。深い母子の結びつきに驚かされる。

「第三の新人」として活躍

 庄野さんは、大阪府生まれ。軍隊から復員後、教員などを経て作家となり、戦後文学史上は「第三の新人」の一人と位置づけられる。1955年に芥川賞を受賞後、61年に川崎市生田に移り住み、亡くなるまで半世紀ほど暮らし、執筆を続けた。家族を扱った作品が多く、中でも晩年は、『うさぎのミミリー』『けい子ちゃんのゆかた』など、家族や孫らとの日常を記す作品が、多くの人に愛された。

 夏子さんによると、「うちの家は、町の豆腐屋さんたちと同じように家内制工業。規則正しく生活し、家族で協力して父を支え、読者を大切にしたい」と妻の千寿子さんは語り、夫や子どもに愛情を注いだという。

 長女の夏子さんが70年に結婚し、家を出てから手紙が届くようになった。夏子さんは、「悪いことは自分の中で消化し、いいことやうれしいことを分かち合うのが母の流儀だった」と語る。食べ物が届いたお礼や身の回りの細々とした出来事、誕生日のお祝いなど、とりとめなくても心に残ることばかり書きつづった。

神奈川近代文学館で展覧会

 手紙の存在は、夏葉社代表の島田潤一郎さん(48)が、横浜市の神奈川近代文学館で6月8日から始まった「庄野潤三展」の準備などの際に、夏子さんから知らされた。「私たちにはとてもまねできない家族の絆。母と娘のやり取りが、作家に精神的な影響を与えていた」と感銘を受けた。130通を選んで編集を進めた。

 夏子さんは「多くの人のおかげで、こんなにすばらしい本がまとめられ、展覧会ができます。ありがたいことです」と話す。

 庄野さんの文学は、読む人の心を慈しむ。その背後にある大きな膨らみを感じさせる母娘の手紙は、庄野潤三展でも展示されている。

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