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「新しい故郷」とは遠い地か……池澤夏樹さんの新作小説は難民たちをめぐる物語

読売新聞 / 2024年7月8日 15時30分

「シャープなメッセージではなくて、どういう形の希望ならあるのか書きたかった。手に持って痛い本にはしたくなかった」=安川純撮影

故郷ない自分 難民に親近感

 旅する作家、池澤夏樹さん(78)の新刊『ノイエ・ハイマート』(新潮社)は「難民」をテーマにした作品集だ。短編小説と 詩篇 しへん、引用などから成る全20章仕立てで、タイトルはドイツ語で「新しい故郷」を意味する。形容矛盾の不思議な表題には、難民への親近感が宿っているという。(真崎隆文)

きみには聞こえないか
遠いところから渡ってくるあの声
うめき、つぶやき、痛み、餓死に至る空腹
おののき、叫び、一度だけ叫ぶ声と続く沈黙
おそろしい沈黙

二人の天使は都会の上空でそれを聞いた
(序詩「遠い声」より)

嘆くだけの天使

 冒頭に、難民の苦難に目を向け、痛切な声に耳を傾ける今作の作品群に底流するような詩を置いた。本書に収めた詩篇には、何度も「天使」が登場する。作家のもどかしさが表れた。

 「(天使は)人間の悲しみを同情をもって見ながら、ただ嘆くだけ。ある意味で文学者の視点ですよね。話を書くだけで、現実をどうにかすることはできない」

 日本人の〈私/至〉とシリア人の〈ラヤン〉という2人のジャーナリストを中心とする連作短編を軸にして、小説のパートは進む。

 欧州を目指すシリア難民にテレビ局の企画で同行する〈ラヤン〉は、ギリシャやセルビア、ドイツなどを転々とする。〈私〉も知人の〈ラヤン〉から近況を知らせる便りを受け取り、取材のために海を渡る。

 ギリシャの島に散乱する難民が脱ぎ捨てた大量のライフジャケット、「難民定住のセンター」を造る計画が頓挫したドイツ・ベルリンの広場に掲げられたままの「ノイエ・ハイマート」と書かれた横断幕……。10年近く前に訪れた当地で実際に見た景色の一部が、そのまま作中に反映された。

詩と散文が同居

 「難民」という深刻なテーマだからこそ、形式は「少し緩めて」詩と散文を一冊に同居させる風変わりな構成を取った。

 世界では、ロシアによるウクライナ侵略や、パレスチナ自治区ガザでの戦闘が続き、昨年末時点の避難民が過去最多の1億1730万人に上った。「それでこの本にリアリティーが増すというものでもない。何ができるかって直接は何もできない。ただ、先の事態に対する準備の 一欠片 ひとかけらくらいにはなるかもしれない」

 難民問題は遠い世界の話ではない。短編の一つ「 艱難辛苦 (かんなんしんく)の十三 月」は、終戦直後の朝鮮北部で難民生活を余儀なくされた日本人に迫ったノンフィクションをもとに小説化した作品だ。

 「日本人は難民に冷たく、関心がない。知らん顔してるけど、日本人だって体験があるでしょう。体験そのものを忘れていることへの憤慨がずっとあった」

 北海道に生まれ、6歳から東京で暮らした。大学中退後、ギリシャや沖縄、フランス、北海道など、転居を繰り返し、今は長野で暮らす。「僕は故郷がない人間で、郷里という意識が抽象的。すぐ引っ越すし、旅はしょっちゅうだし。行った先で“新しい故郷”を見つけようとする難民状態への親近感が強い」と言う。

 旅の見聞を刻んだエッセーも多い。2002年には、戦争前夜のイラクに渡り、その後に『イラクの小さな橋を渡って』を記した。「子どもたちが普通に遊んでいた。イデオロギーとしての反戦ではなくて、この子たちに爆弾が降るのはまずいと思った。その記憶を(主人公)至と共有した」

 国内外を移ろう作家は、いつ腰を据えるのか。「もうね、(今月で)79ですからね。さすがにカタツムリじゃないから、そろそろ身軽に動けない」。言葉とは裏腹に、少したくらみのある顔に見えた。

お気に入り

★奥能登の塩田の塩 能登の揚げ浜式塩田で製塩された清めの塩です。塩田では最近、能登半島地震の被害から復旧のめどがついて、また塩を作り始めたようです。

媽祖 まそ のお守り  媽祖は海の女神です。南シナ海周辺で信仰されていて、このお守りは、台湾で友人にもらいました。いつも文書と一緒に入れています。「なくさないでね」って。

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