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柴崎友香さんと読書委員 ADHDを語る…付き合いづらい世界との折り合い方、誰にとっても参考に

読売新聞 / 2024年7月5日 15時15分

柴崎友香さん

 読売新聞の読書委員を務めていた2021年にADHD(注意欠如・多動症)と診断された作家の柴崎友香さんが、自身の体験をつづった『あらゆることは今起こる』を刊行しました。ADHDの人には世界がどう見えているかという点で貴重な記述があるだけでなく、付き合いづらい世界との折りあい方という意味では、誰にとっても参考になりそうです。この本について、柴崎さんと、現読書委員の長田育恵さん、東畑開人さんに語っていただきました。(十時武士)

「あれ、私も?」 「定型」とは何だろう?

長田 同じ時期に読書委員をしていてもADHDと全然気づきませんでした。

柴崎 たいていは、むしろ「落ち着いてますね」と言われることの方が多い。自分ではずっと困難を抱えていて、ちょうどその時期に診断を受けました。

長田 本の冒頭に出てくる(小学校1年の音楽の授業で、これから歌う曲について、自分だけ違う曲と思っていた)エピソードなど、子どもの頃から自分だけ異世界にいるような感覚があったら怖くなりそうなのに、自分をニュートラルに見て、悲壮感なしに、柔らかい視点で深く分け入っていくところがすごいです。

柴崎 この本を出してから、こうした取材を受ける中で、私も発見がある。今の長田さんの指摘については、最初からあまり「属している」感がないから不安ではなかったかもしれない。SFっぽいものを見ていると似た設定が出てくるので、「そういうこともある」と割と納得していた。「困ったな」ということはしょっちゅうあるんですけど。

長田 自分はこういう検査をしたことがないんですが、この本を読んでいたら「あれ、私も?」と思うところがたくさんあった。ADHDでない人を仮に「定型」と言うとしたら、定型とはなんだろうって。

柴崎 ADHDの困難は「よくあること」に埋もれがちでもあって、難しいところですね。

東畑 ADHDについての本のようで、実は柴崎さんという人が、世界とどう付き合いづらかったかということが描かれていて、読みながら「俺はこうだな」みたいな、自分が世界とどう付き合っているかを振り返ることを誘発する本に思えました。「こんなものだろう」と思っていたものに、実は違和感があったことを気づかせてくれる、定型の概念が揺さぶられます。

長田 イスに長く座っていられるから定型とか、そうではないですよね。

自分が困っていることに気づく難しさ

柴崎 ADHDといっても、人によって全く違ったりするし、自分は自分を通しての感覚しかわからないので、解説ではなく、自分にこういうことが起こりがちなのはなぜかとか、人と違うと言った時の「違う」とは何だろうとか、そういうことを考えてきたので、一回書いてみたいと思ったんです。診断が手がかりになったらそれでいいのかなと。

東畑 診断には様々な使い方があると思います。そういえば、本に、いつも眠かったと書かれていますよね。診断を受けるまで、眠たい自分をどう考察していたのですか。

柴崎 体力がないからだと思っていました。

東畑 そういうものと思っていたら、ADHDのせいだったみたいな、認識が刷新される感じが面白い。そういうことは世の中にいっぱいありそうで、印象的だったのが靴のエピソード(自分はこのサイズと思っていた靴では歩くと疲れやすかったのが、正しいサイズを測ってもらったら、驚くほど歩き心地が違ったという話)。ADHDとは関係がない話なのに、世界との付き合いづらさというこの本の「真ん中」にある話でもあります。

柴崎 自分にとって確かに示唆的な話です。よく「困っていることはないですか」と言いますが、自分が困っていることに気がつくこと自体が難しい。例えば、家族の問題などは、たいていは自分の家族しか知らないから、状況が他の家と違うかもしれないとか、自分が無理している状態なのかもしれないということさえ気づかないことが多い。「合っていない靴」で自分が生活していたことに気づくのは難しい。言葉にして人に伝えるのはさらに難しい。

東畑 カウンセリングで言うと、ADHDでスケジュールを組むのが苦手な人には「こういうアプリがありますよ」みたいな提案をしたりしますが、うまくいかないことがある。ところが、スケジュール管理がシビアな仕事をしていた人が、転職して、「ちょっと合っている靴」を見つけると、スケジュール調整が苦手なことはあまり気にしなくなったりします。

「合っていない」ことの自覚から

柴崎 発達障害に関心が高まっているのは、社会生活で求められる要素が増え、困難を感じてなぜだろうと考える機会が増えたからでもあるのかなと。ところが、職場や学校では「こうすればできるようになる」「頑張ればできる」はたくさんあるけれど、「できない・難しいときにどうするか」を学んだり考えたりする機会はあまりない。

長田 「できる・できない」を基準にするのではなくて、「合っていない」ことを自覚すれば、合っていることはなんだろうと探すこともできる。それは、自分に似合う色や服を探す場合でも同じ。自分ではよくわからないのに、ぼんやり生きちゃってる。でも柴崎さんは、自分について、わかっていることを一つずつ増やしていくことをした。わかったことは言葉にできるし、方向に沿って選べばいいんだと。自分について踏み込んでみることを、さぼってきたなと思いました。

柴崎 東畑さんが自身の本の中で、カウンセリングをまずは「心を可能にする仕事」次に「心を自由にする仕事」と紹介していました。可能にならないと自由の段階にいけない。余裕がないと可能にならないから、まず環境の調整をすると書かれていて、本当にそうだなと思って。診断を受けることも、調整なんですよね。

東畑 足の形を測るのと同じように、心の形を可視化する。

柴崎 本の中で、詳しい診断を受けたことを「地図」を作ることにたとえましたけど、地図みたいなものがあったからって、山に登らないといけないということではないし、みんな山に登れるということでもなくて、私の場合は「そこは急斜面なので、 () (かい)しよう、やめとこう」などと考えたり相談したりしやすくなった。

長田 山に挑まない自分は駄目と思わなくていいということですね。あと、しびれたのが、小説に形式的に三人称はあっても、実は一人称の連続でしか世界を書けないという部分。世界は自分を通してしかつかめないということが、私には力強さに見えました。結果こうやって、私たちは触発されている。等身大の柴崎さんが尊いし、かっこいいです。

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