世界的コンテンポラリーダンス集団で活躍する仙台出身の女性ダンサー「やっていれば道は開ける」
読売新聞 / 2024年7月5日 10時0分
オランダ・ハーグを拠点に活動する、世界的なコンテンポラリーダンスカンパニー「ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)」が5年ぶりに来日、今月13日まで国内で公演を行っている。NDTに所属し、世界を飛び回る日本人ダンサー・刈谷円香さん(31)にこれまでの歩みとNDTの魅力を聞いた。(デジタル編集部 小関新人)
NDTは、1959年にオランダ国立のネザーランド・バレエ団(当時)の18人の若いメンバーが、より自由な表現を求め、同バレエ団を脱退して設立した現代バレエ団。1978年から1999年まで芸術監督を務めた振付家、イリ・キリアン氏のもとで、世界有数のダンスカンパニーとしての名声を確立した。クラシックバレエの伝統を踏まえつつ、常に革新性を追求し、気鋭の振付家とダンサーとの共同制作で、年間10作品程度の新作を発表し、世界各地で上演している。
NDTは、経験豊富な主力ダンサーが所属する「NDT1」と、若手ダンサーが所属する「NDT2」に分かれており、今回来日したのは「NDT1」の27人にスタッフらを合わせて約50人。ダンサーには、オランダだけでなく、北米やヨーロッパをはじめ、ブラジルや台湾の出身者もいる。日本人ダンサーも3人が活躍していて、そのひとりが刈谷さんだ。
刈谷さんは仙台市の出身。サラリーマンの父と主婦の母のもとで育った。両親は南米・アンデス地方の音楽、フォルクローレの演奏や民族舞踊の分野でセミプロとして活動をしていた関係で外国人との付き合いもあり、刈谷さんも幼い頃から異文化に接しやすい環境にあった。
ダンスの道に入るきっかけとなったのは、4歳の時、母親にバレエを踊りたいと突然言い出したことだった。本人は「なぜ言い出したのか、自分でも覚えていないんです。家族がバレエに関係していたわけでもないし」。母親は刈谷さんのバレエへの思いが本物なのか見極めるために、5歳になるまで1年間様子を見て、近所のバレエ教室に通えるようにしたという。
ほかにもスイミング、ピアノ、英語と多くの習い事をしてきたが、小学生の時に、若手ダンサーの登竜門「ローザンヌ国際バレエコンクール」の模様をテレビで見て、ダンサーたちの姿にひかれた。幼いながらも将来はプロになろうという意識が芽生え、そのためには海外留学が必要だと思うようになった。留学を見据えて、習い事は、バレエを週6日、英語を週1日に絞った。
9歳からバレエコンクールに出場し始めたが、上位入賞だけを目指したわけではなかった。「コンクールには、順位とは別に、留学の奨学金を出してくれたり、審査員として参加した有名なバレエ学校の校長が入学許可を出してくれたりする賞を設けているものもあるんです。海外留学の機会を得られるようなコンクールを選んで出場していました」
12歳の時に、奨学金を得て、ロンドンのロイヤル・バレエ・スクールで夏期講習を受けたのが、最初の訪欧だった。翌年にはカリフォルニアでのアメリカン・バレエ・シアターの夏期講習にも参加した。
大きな転機となったのは、2009年、16歳の時、ローザンヌと並ぶ若手バレエダンサーの登竜門「ユース・アメリカ・グランプリ」のシニア部門女子で、2位に当たる銀賞と、バレエ学校に奨学金付きで入学できるスカラシップ賞を受賞したことだった。その結果、ドイツ・ドレスデンのダンス大学「パルッカ・シューレ」に入学。刈谷さんはここで、NDTと本格的に出会う。
「NDTの名前やコンテンポラリーダンスの存在は知っていましたが、日本にいるときは触れることが出来る機会が本当に少なかった。でもドイツへ行ってみると、同級生みんながNDTの大ファンといった感じで、卒業の時には、NDTのオーディションを受けるという雰囲気でした。大学でもモダンダンスのクラスがあって、最初の頃は言葉の壁もあり、補習を受けさせられるほど出来が悪かったんですが、クラシックバレエ以外の表現に触れ、こんなやり方もあるのかと、徐々に魅力を感じるようになりました。やってみないとわからないものです」
大学の卒業公演では、イリ・キリアン氏の作品を踊る機会があり、学生を指導した元NDTのダンサーから、公演後に、「NDT2は若いダンサーのカンパニーなので、いつかNDT2に挑戦してほしい」と言われた。ただ、すでに卒業後はスイスのチューリヒ・ジュニア・バレエ団に入団することが決まっていたため、NDT2のオーディションは受けなかった。
チューリヒに在籍していた19歳からの2年間、「白鳥の湖」といった古典を踊る一方で、新作を振付家と一緒に作った。「振付家やダンサー仲間と一緒に作品を作るプロセスが楽しくて仕方なかった。仲間からも『円香はコンテンポラリーの方が生き生きしているね』なんて言われました。その姿を、バレエ団の芸術監督も見ていたようです」。ここでも、元NDTのダンサーから指導を受けたことがあったという。
ジュニア・バレエ団に在籍できるのは2年間だが、その期限が見えてきたとき、芸術監督は刈谷さんに「この後は(ジュニアの上の)メインカンパニーに入るよりは、NDT2に挑戦した方がいいよ。その方が円香は高く跳べると思う」と言った。そして刈谷さんは、「1日だけ泣いた」という。なぜなら、芸術監督の発言は、刈谷さんはメインカンパニーには在籍できないということを意味したからだ。
「チューリヒにいたときは、目の前にあるものしか見えていなかったから、メインカンパニーに行くのが目標だと思い込んでいたんですよ。でもよく考えてみたら、NDTという世界もあって、たくさんバレエ団があって、世界ってもっと広いんだ、これって環境を変えるいい機会だなって一晩たって考え直しました。今にして思えば、NDTに導かれた気がします」。翌日、刈谷さんは芸術監督にNDT2入団を目指す決意を伝えたという。
そして、2014年、21歳の時にNDT2に入団し、2017年からはNDT1で活動している。
NDTの魅力について、刈谷さんは「外からNDTを見ていたときは、ダンサーが動きで物事を伝える力が強い、とにかくダンサーがかっこいいと思っていたんですけれど、実際に入ってみたら、ダンサーが『カラフル』なんですよね。みんなバレエがベースにはあるのだけれど、バックグラウンドが様々なんです。体のタイプも違う、出身も違う、ダンススタイルも違う。『みんな違ってみんないい』という感じなんです。才能あるダンサーと同じ空気を吸って、共に創作活動をしているというのは刺激的です」。
最近は、ダンサーとしてだけでなく、ヨーロッパを中心にモデルとしても活動するなど、様々な表現に挑戦している。
「日本にいた頃の私は、『バレエダンサーになりたい』というラベルが貼られた存在で、ドイツへ行ってからは、バレエだけでなく、コンテンポラリー(ダンス)にも触れ、そのラベルをはがすことになった。そういった環境に適応して、楽しんでいる自分がいました。NDTに入ってからは、ダンスだけでなく、他のアートとの共同制作も増え、モデルも出来るときにはしているので、『ダンサー』というラベルさえもはがれた感じがします。最近は、ラベルにある概念を超えて、一アーティストとして活動を楽しんでいるような自分がいます。これからも固定観念を取り払って、わくわくするセンサーを鋭くして、活動していきたい。やっていれば、自然に道は開けると思っています」
◇
今回の来日公演「NDTプレミアム・ジャパン・ツアー2024」では、振付家5組とダンサーが共同で作り上げた5作品のうち、各公演で3作品が上演される。今回の公演を企画した、愛知県芸術劇場と「ダンスベースヨコハマ」のアーティスティックディレクターを務める唐津絵理さんは、「コンテンポラリーダンスのイメージは様々で曖昧だが、共通点をひとつ挙げるとすると『革新性』だ。NDTは、卓越したバレエテクニックをもったダンサーと最先端で独自性の高い振付家がコラボレーションすることで、常に新しい作品を発表していることから、2019年に続き、日本公演を行うことにした」と話している。
7月5、6日には神奈川県民ホール(横浜市)、12、13日には愛知県芸術劇場(名古屋市)で公演が行われる。詳細は公式HP(https://ndt2024jp.dancebase.yokohama/)へ。
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