「アングラ演劇の旗手」唐十郎さん、テント舞台に紡いだ現実と幻想…上野の地下とつながった記憶
読売新聞 / 2024年7月6日 16時17分
紅テントで時代を挑発する作品の上演を続けた劇作家・演出家・役者の唐十郎さんが、5月4日に84歳で死去した。40年間追い続けた記者が見た「アングラ演劇の旗手」の素顔とは?そして作品の真髄とは?
この春の花園神社(東京都新宿区)は、いつにもましてざわついていた。発生源は
記者が見た6日夜も、めいっぱい拡張したテント内の、ござ敷きの桟敷はぎゅうぎゅう詰め。舞台奥の装置が崩れ、ヒロインやすみ(大鶴美仁音さん)に、主人公の螢一(福本雄樹さん)が駆け寄りブリキで作った
♪ある夕方のこと 風が
「唐!」の掛け声に
初めて見た紅テントは84年、花園神社で状況劇場が再演した「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」だった。野田秀樹さんの夢の遊眠社、鴻上尚史さんの第三舞台など新進劇団がひしめく80年代小劇場ブームのさなかにあって、紅テントの舞台は超然として異質だった。激しさとはかなさ、
10年ほど前、女優、演出家の木野花さん(76)へのインタビューでは、状況劇場「少女仮面」公演を渋谷の駐車場に建てたテントで見た時の話になった。「大久保鷹が甘粕大尉の役で、テント奥の幕がバンと落ち、夜の駐車場の闇の向こうから『おーい』と叫びながら自転車でテントの中に入ってくる。わたしは一瞬、闇の向こうに満州の平野が広がっている、そんな幻想を見ました」
唐さんの舞台の魅力の一つは、現実と幻想、ここと、思いも及ばぬどこかがつながってしまうことにある。本紙「私のいる風景」のインタビューでは、自身の原風景を「都市の穴」をキーワードに語った。そろばん塾に通う息子を迎えに自転車で川沿いの道を走る時、川に注ぐ排水口の穴が気になる。「ゴミになった自分が、あの穴からあふれ出してきたら、なんて考えてしまう」
穴は生まれ育った下谷万年町(現在の東京都台東区)に近い、上野の地下の記憶とつながっていた。戦後、戦地や疎開先から戻った人たちでごったがえし、もうもうと湯気が立ち込めていた地下。「穴」のような、どこかへつながる回路はないかと、いつも唐さんは目をこらしていた。
劇団 無名の若者らと成長
2008年に本紙に連載した新聞小説「朝顔男」の取材旅行で長崎県に同行した時のことは忘れられない。浅草や新宿
「ジャガーの眼」で移植される角膜、「ビニールの城」で男と女を隔てる透明なビニール、「泥人魚」では諫早湾周辺の地元の人が「やすみ」と呼んでいた魚……。大多数が気にもとめず通り過ぎる小さな断片から、意想外の世界へ飛躍する。一点突破の幻視力が、唐さんの劇世界を支えていた。
89年の唐組旗揚げからは、親子ほども年齢の離れた若者たちと「ゼロからのスタート」で芝居を創り始めた唐さん。スターがいた状況劇場と違い、無名の若者たちとの苦戦が続いた。90年代前半、目黒不動尊境内で見たテント公演など、客席が閑散としていた。そこから役者たちを育て、一方では横浜国立大学教授として学生からも刺激を受けて、劇団を軌道に乗せてゆく。2000年代は、唐組の黄金期だったと言っていい。
残念でならないのは12年春、「
けがのあとの12年間、初日や楽日など、テント後方の花道脇で観劇する唐さんが、涙を流しているのを時々見かけた。力強い握手を返してもらった日もある。心に残るのは21年12月29日、東京・渋谷のシアターコクーンで金守珍さん(69)が演出した「泥人魚」の千秋楽。唐さんも来場し、カーテンコールでは金さんが、感極まってか「唐十郎、万歳」を三唱した。その帰り道、劇場裏でタクシーを待つ唐さんと奥さんに遭遇した。空気の澄んだ夕方、暮れ行く年末の冷気の中で、車に乗り込む唐さんを見送った。唐さんに会えたし、今日は来たかいがあったと晴れ晴れした気分になった。唐さんに会った記憶は、あの日が最後だ。(東京本社文化部 山内則史)
亡くなられた方々
▽作家 斎藤栄さん(6月15日、老衰で死去、91歳)
▽現代美術家 三島喜美代さん(6月19日死去、91歳)
▽作家 梁石日さん(6月29日、老衰で死去、87歳)
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