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イジワルな姑、実は嫁を「推していた」…新しい視点の「推し活嫁姑マンガ」を描いた男性作家

読売新聞 / 2024年7月19日 17時0分

 イジワルだと思っていた (しゅうとめ)は、実は嫁である私の熱烈な「推し」だった――。そんな新しいスタイルの嫁姑マンガ「推し嫁ルンバ」がKADOKAWAから発売された。嫁がキラキラしすぎていて目を合わせるのもしゃべるのも緊張してしまう姑と、姑の態度に自分は嫌われていると勘違いする嫁。違う意味でギクシャクする二人の関係性はどのようにして生み出されたのか? 作者に取材を申し込んでみると……。(デジタル編集部・古和康行)

嫁姑マンガを描いた男性作家

 「入院中にスマホで描いたものが出版されるなんて…。なんで声をかけてくれたんだろうと、今でも不思議な感じです」

 オンライン取材に応じてくれたのは、著者の「かときちどんぐりちゃん」。かわいらしいペンネームや扱っているテーマからてっきり女性だと思っていたが、岩手県盛岡市に住む56歳の男性だ。

 本名は智田邦徳さん。マンガ家が本職というわけではなく、日本大学芸術学部で声楽を学び、現在は音楽療法士として働く傍ら、SNSで作品を投稿している。コメントの通り、「推し嫁ルンバ」もその中の一つだ。

 主人公は、周りの女性を (とりこ)にする麗しさをまとう出版社の編集長・佐藤朋美とその義母のエマ。

 入院中のエマを朋美が見舞いに訪れる場面から物語は始まる。オシャレなお土産を持参した朋美に、エマは 一瞥も (いちべつ)くれない塩対応。朋美はしゅんとして病院を後にするが、一人残された病室でエマは朋美の写真を見つめ、「今日も直視できなかった」「あああああ麗しいわぁ」とまさかの言葉を漏らす。

 嫁への思いが強すぎるがゆえに生まれるすれ違いコントのような関係は、少女漫画のようなタッチでテンポよく進む。クスっと笑えるやり取りの中に、思わず青春時代の初恋を思い出すようなキュンとする描写が随所に織り込まれ、思わず二人の関係を応援したくなるから不思議だ。

 「少女漫画がすごく好きだったんです。ジェンダー規範にとらわれないようなキャラクターが多くて、自由でいいなと思ったんです。私も幼いころからクィア(性自認や性的指向が定まっていない、定めていない)なところがありましたから」

 智田さんは、自身とマンガの出会いについてそう語る。もともとの専門は音楽だが、好きが高じて、過去にマンガの出版も経験している。「小中学校から漫画が好きで、自分でも書いていた」と、大学を卒業後、男性の同性愛者向け雑誌で4コマ漫画を連載した。ただ、発行部数も限られるマイナー雑誌で連載できたとて、食えるわけでもない。智田さんはほどなくペンを置いた。

人生を大きく変えた「3・11」

 その後、音楽療法士として生計を立てていた彼の人生を大きく変えたのが、2011年3月11日の東日本大震災だ。

 この日は東京・吉祥寺で、友人とお茶をしていた。突如、大きく店内が揺れた。これまでに経験したことのない揺れだ。何が起こったのかわけが分からず、情報をかき集める。しばらくすると、近くに居合わせた客の携帯電話に、津波に襲われる東北の映像が映し出された。

 すぐにでも盛岡に帰りたかったが、飛行機も新幹線も動いていない。友人の自宅に1週間ほど身を寄せ、地元に戻れる日を待った。

 そんな時、たまたまテレビで目にしたのが、避難所を楽団が慰問したというニュースだ。高齢の女性の耳元でバイオリンを弾く奏者の姿に、音楽のプロとして地元に戻ったら自分でもできることがあるのではないかと思った。

 約1か月後、地元自治会長の許可を得て、岩手県宮古市の避難所を訪れた。宮古には仕事でかつて何度か来たことがあったが、三陸有数の港町として活気にあふれていた街は津波によって跡形もなく押し流され、日中の避難所には復旧作業に加わることができない高齢者や児童、障害者など「災害弱者」だけが残されていた。

 一人で美空ひばりさんの港町十三番地など、気持ちを込めて1時間ほど歌った。演奏中、避難所の人々の反応はほとんどなかった。それでも、「音楽を届けよう」と歌い続けた。それでも反応は薄い。疲れ切り、少し落胆して、会場を後にしようとしたとき、背中に拍手の音が届いた。自分でも表現することで人に何かを伝えられる。そう思った。智田さんは東北各地を訪問してサロンを開き、歌を歌ったり、音楽を使って体操をしたりして、心身のケアをする活動をスタートさせた。

 東北に音楽を届けることをライフワークとする中で、かつて向き合ったマンガへの思いも戻ってきた。新型コロナウイルス流行の兆しが見え始めた頃、智田さんは新たな自己表現として、SNSにマンガを投稿し始めた。ただ、こちらはプロではないので、あくまで趣味というか軽い気持ちで。

ささやかな生活にスポットライトを

 「推し嫁ルンバ」はケガの功名で誕生した作品だ。

 昨年4月の雨が降った日の夕方だった。近所の道にあった段差から落ち、右肩を複雑骨折した。入院期間は2週間弱。普段はこれだけまとまった時間を取るのは難しいので、以前から描いてみたいと思っていた分野に挑戦することにした。

 「X(旧Twitter)では、『シンデレラを継母が実は愛していた』というように、元あるストーリーや関係性を新しい視点からとらえなおすような作品が結構あった。自分も、そういうものを描いてみたいと思っていた」

 もともと少女マンガが好きだったのも、ゲイの雑誌で連載していたのも、当たり前にとらわれない自由さが好きだったから。作品のモデルになった人もいるわけではない。そもそも智田さんはゲイで男性パートナーと一緒に暮らしており、嫁姑の関係を間近で見た経験もない。でも、だからこそ、ステレオタイプなイメージで語られることの多い嫁姑の関係性を自由に再構築できるのではないかと思った。

 「嫁姑関係に限らず、『いがみ合う』関係性がネットの世界を席巻する中で、微笑ましい関係性が新しく、面白かった」と編集者の目に留まり、ネットでの連載、出版へとあれよあれよと話が進んだ。

 取材中、「僕はゲイですが友達はほぼ女性なんです」と語った智田さん。次作の構想について「次は女性同士が一緒に穏やかに過ごすような……。そんな作品を描きたい。僕は男性として男性が好きだけれど、女性の邪魔にならないような、ささやかな生活にスポットライトを当てる作品を世に出していきたいと思っています」

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