映画「メイ・ディセンバー ゆれる真実」…スキャンダルの深層めぐり火花散らす２人の「女優」

　他人の身になって考えろ、というフレーズがある。言わんとすることは正しいと思うが、他者を理解するのは容易なことではない。トッド・ヘインズ監督による「メイ・ディセンバー ゆれる真実」は、３６歳の時に１３歳の少年と不倫関係を結び刑事罰を受けた女と、その女を演じることになった女優をめぐる物語。女優は、役への理解を深めるべく、本人たちに会いに行き、深みにはまる。この映画を見る観客もひきずりこみながら。（編集委員　恩田泰子）

　トッド・ヘインズ監督は、「キャロル」「エデンより彼方に」など、名優、とりわけ女優たちとともに数々の名作をつくってきた。今作では、ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアという２人のオスカー女優が熱のこもった演技を見せる。脚本は、これが初長編だというサミー・バーチ。「メイ・ディセンバー」とは、親子ほど年の離れたカップルを指す慣用表現で、本作の登場人物がかつて起こしたスキャンダルと同様の事件が、１９９０年代後半のアメリカで実際に起きている。

　ジュリアン・ムーアが演じる女、グレイシーは、米ジョージア州の都市サバンナで、自分よりずっと年下の夫ジョー（チャールズ・メルトン）、子供たちとともに暮らしている。グレイシーはかつて別の男性の妻だったが、３６歳の時、当時１３歳のジョーと性的関係を持った。彼女は実刑判決を受け、服役中にジョーの子を出産し、出所後、彼と結婚。現在のジョーは３６歳だ。ナタリー・ポートマンが演じる女優エリザベスは、事件当時のグレイシーを演じることになり、リサーチのためにサバンナへやってくる。

　エリザベスが実際に会ってみると、グレイシーとジョーの２人は拍子抜けするほどさらっとしている。だが、この夫婦が、世間から批判や攻撃、好奇の目にさらされてきたことは明らか。本当は何か抱えているものがあるのではないか。そもそも、彼女と彼の関係をどうとらえればいいのか。なぜ互いを求めたのか。エリザベスは調べ回る。文字通り、グレイシーの身になって考えようとする。

　何かが、確かに隠れている。この映画は、その感覚を折に触れて、映像や音にあらわす。物語が動き出してほどなく、グレイシーが冷蔵庫を開けて一言発するシーンがあるのだが、その時、背景で流れる音とのミスマッチ感がすごい。なぜ、そのせりふに、この音楽なのか。わからない。でも、あえてやっていることはわかる。そうした仕掛けは、謎ときの手がかりというよりも、人には、どうしたって説明がつかないものがあるということを描くためのように思える。

　エリザベスは、まじめな女優で、わからないことを理解しようと手を尽くす。取材を重ね、想像を広げ、外見も含めてグレイシーをトレースしていく。だが、演じることにおいては、ずっと人目にさらされてきたグレイシーも負けていない。ともに同じ鏡をのぞきこむシーンがあるが、映し出される２人は、どちらも女優のようだ。しかも、どちらが一枚上手かというと……。物語は、さながら女優対決のような色彩をも帯びていく。

　演じることにも密接にかかわる内容。ポートマンとムーアが、物語にのっていることは明らか。ささいな動作にまで神経をつかいながら、静かに熱い火花を散らす。その緊張感がどうも息苦しいのだが、それでも凝視せずにはいられない。もう一人の主要人物ジョーを演じるチャールズ・メルトンの素朴さが逆に際立って見えたりもする。

　ともあれ、人は謎だらけ。考えてみれば、自分自身に向き合うことさえ容易ではない。だから私たちは映画のスクリーンをのぞきこむ。自分ではない誰かの人生を鏡の代わりにする。わからないけど、共鳴する。わからないけど、反発したくなる。思いもよらぬ自分の心の動きを感じさせる映画は、面白い。そして、この映画は、まさにそんなつくり。他人の身になって考えるとは、自分のためでもある。ただし、他人に自分を重ねすぎると……。終幕を「してやられた」と見るか、「してやった」と見るか。そのあたりも、どうぞお楽しみください。

◇「メイ・ディセンバー ゆれる真実」（原題：MAY DECEMBER）＝2023年／アメリカ／上映時間：117分／字幕翻訳：松浦美奈／配給：ハピネットファントム・スタジオ／Ｒ１５＋＝7月12日から、東京・ＴＯＨＯシネマズ 日比谷ほか全国公開

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