浅田真央と荒川静香が語る五輪とお互いのこと…「真央ちゃん見て大事なこと思い出した」「体操選手になりたかった」
読売新聞 / 2024年7月17日 15時47分
フィギュアスケート女子で、2006年トリノ五輪金メダリストの荒川静香さん(42)と、10年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得した浅田真央さん(33)が、東京都内で対談した。記憶に残る演技で冬の五輪を彩った女王たちがこれまでの道のりを振り返り、パリ五輪に臨む選手たちや次世代のスケーターへエールを送った。
ソチのフリー吹っ切れた
出会い
――2人の出会いは。
浅田 初めてお会いしたのは小学1、2年の頃。名古屋から、静香さんのいる仙台の合宿に参加した。
荒川 一目見て「すごい子が出てきた」と思った。当時すでにダブルアクセルを跳んでいた。スケートを始めてまだ2年と聞いて、驚いた。ジャンプだけじゃなくて滑りもきれいで、近い将来、世界を背負って立つと感じた。すぐに世界のトップになった。
――ライバルとしてバチバチやり合った時期もある。
浅田 バチバチしてないですよ(笑)。周りが、ね。
荒川 トリノ五輪前のあの1年ね。私が負のオーラを発しまくっていた頃よ。
――2005年、浅田さんが
浅田 あの時は15歳。若さがすごかったから。一番いい時ですよ。怖いものなしで。
荒川 私は23歳。いろんなことに疲れていた。重圧があるし、他人の評価も受けなきゃいけない、評価と向き合わなきゃいけない。そんな中、真央ちゃんが新しい風とともに勢いよく出てきた。楽しそうだった。
浅田 あの頃が一番楽しかった。無敵でしたね。
荒川 グランプリ(GP)シリーズ2試合で一緒に出場した。真央ちゃんを間近で見て、「私たちの世代に足りないのはこれだ」と。楽しむことがいかに大事かを思い出させてくれた。それは大きかった。
苦難
浅田 15歳の頃は楽しいだけで、怖いものなんかなかった。でも、そのうち楽しいだけじゃなくなってきて。荒川さんは、その状態からまた「楽しい」っていう感覚になれましたか。
荒川 真央ちゃんを見て、やるべきことに純粋に向き合って楽しむことで、スケートに返ってくるんだと感じたから。年末の全日本選手権から、ちょっとずつ楽しくなった。トリノ五輪は心から楽しめた。
浅田 ええー、すごい。
荒川 それまでは他人と常に比べられて、比べようがない部分でも比べられて。苦しいのが当たり前。でも、楽しむことでそれを解放できる。真央ちゃんが気づかせてくれた。一緒に試合に出なければ、五輪をあそこまで楽しめなかったと思う。
浅田 私も苦しい時、「楽しかった時もあったな」って思い返してみた。でも、なかなか楽しめなかった。
荒川 何年か後、苦しそうな時に言ったよね。「真央ちゃんが楽しむことを教えてくれたんだよ」って。
浅田 すごく覚えている。でも、楽しもうと思っても、できなかった。楽しめないまま、現役が終わった。難しかったですね。
荒川 私は開き直った。もう、最後だったから。先があったらわからない。
浅田 18歳の時、まず1回目のキツイ時期がきた。
荒川 バンクーバー五輪の前のシーズンだよね。
浅田 そこからは、基本的にずっと苦しかった。常に「1番でいなきゃいけない」というか。自分も1番でいたかったし。気持ちに、自分の技術が追いつかなくなってきた。引退してようやく、「スケートっていいな」って思えるようになった。
――ソチ五輪はショートプログラム(SP)で思わぬ失敗があった後、フリーで素晴らしい演技をして、感動を呼んだ。(注〈2〉)
浅田 静香さんも言っていたけど、吹っ切れたというか。もうやるしかないし、どうなってもいい、と思い切った。そっちの方が後悔しないって、最後に切り替えられた。
――浅田さんにとって五輪とは。
浅田 もちろん人生で忘れられない試合。自分の目指す金メダルは結果として獲得できなかったけど、いろんなことを経験してきたから今の自分がある。五輪のすべての経験が、自分を作ってくれたと思います。
荒川 バンクーバーのショート(注〈3〉)とソチのフリーって、満足いく出来じゃなかった?
浅田 満足いく出来でした。
荒川 私は、長野でもトリノでも、満足いく演技は一つもない。金メダルという結果で、みんなに「良かった」と言われるけれど、満足度は違う。五輪で満足のいく演技ができたって素晴らしいことだと思う。
憧れの場所を次の世代へ
アイスショー
――この夏、アイスショー「フレンズオンアイス」で共演する。(注〈4〉)
荒川 いつか一緒に滑りたいと思っていたんだけど、私もそろそろ滑らなくなるかもと思って、お誘いした。
浅田 すごくうれしかった。共演は十数年ぶりかな。26歳で現役を引退してから、ずっと座長としてショーをやっていた。国内で他のショーに出るのは初めて。奇跡的なタイミングでした。
荒川 スケートに対してストイックなイメージだけど、引退してスケートとの関わり方は変わった?
浅田 選手の時はルールに沿って限られた時間で滑らないといけない。今は滑りたいものを、やりたい人と自由に滑れる。スケートの世界が広がったと思う。
荒川 この間、一緒に練習してパフォーマンスを久しぶりに見たけれど、表現力に感動した。すごく引き込まれる。リンクでは大人っぽくて、びっくりしちゃう。
浅田 「フレンズオンアイス」は今回で18回目。毎年継続するのは大変なこと。私もスペシャルな空間を心から楽しみたい。
荒川 みんなで作り上げるショーを、楽しんでほしい。
浅田 初めて一緒に試合に出た15歳の頃を思い出しながら、成長したからこそできる表現をお届けしたい。あれからいろんな経験をして成長して、また一緒に滑れる。奇跡のような時間をかみしめて楽しみたい。
荒川 私は今の年齢でできる最善の演技の中の一つになれたらいいな。
浅田 スケートって技術はもちろん、滑る人の経験や人生全てが表れる。年を重ねると、味が出てくるから、それも楽しみ。
荒川 真央ちゃんの滑りには、スケートへの愛が表れている。
――ショーでは「キッズスケーター」も参加する。
荒川 子どもたちが「いつか滑りたい」と憧れる場所を次の世代に残したい。それがアイスショーを続けてきた原動力の一つ。見るだけじゃなくて憧れの場で滑ることで、将来へのきっかけになるとうれしい。
体操選手になりたかった
注目の競技
――パリ夏季五輪が26日に開幕する。冬と夏の違いはあれど同じ五輪。楽しみにしている競技や選手は。
荒川 もしスケート選手じゃなかったら、どの競技をやってみたかった?
浅田 実は私、体操選手になりたかった。小さい頃は器械体操をやっていて、選手コースに入るか、というところまでいった。私は「やりたい」って母に言ったけど、「いや、体操は厳しいからフィギュアスケートにしなさい」って。それで、体操選手は諦めてスケートの道に進んだ。
――体操の橋本大輝選手には五輪連覇がかかる。
浅田 注目しています。
荒川 開催国のフランスは柔道が強いので、パリ大会にかけているはず。日本も負けていられない。
――阿部一二三、詩選手はきょうだいで連覇を目指す。
浅田 頑張って。柔道の混合団体も日本は強そう。
荒川 フランスも強いよ。
浅田 盛り上がりそう。
ブレイキン 採点気になる
荒川 新競技のブレイキンは、どうやって採点しているんだろう。ジャッジの主観が大きいのかな。
浅田 これは見るのが楽しみ。昔のフィギュアスケートみたいなルールかな。あとはセーヌ川の開会式がどうなるんだろう。バンクーバーの閉会式に出たけど、感動的だった。世界中のアスリートが集まって、五輪のためにずっと練習してきたものが一気に解放されるから、テンションも高くて。
荒川 私は長野五輪とトリノ五輪に行ったけど、トリノはサバイバルだった。選手村の部屋の鍵が閉まらないし、お風呂のカーテンがない。エレベーターも使えなくて、階段で5階まで上がった。
浅田 滑りに影響が出そう。そんなサバイバル生活をしながら手にした金メダルだったんですね。
荒川 それも面白いって楽しめた。
――五輪を知る2人から、パリに挑む選手たちにエールを。
荒川 五輪を意識しない人はいないけど、とらわれるのが五輪の魔物。守ろうとしすぎると守れない。難しいけれど、ある程度の開き直りが必要。五輪に出ることをありがたい、うれしいと思えたら、力になる気がする。
浅田 緊張もあると思うけど、日本中、世界中の皆さんからの応援をパワーに変えて頑張ってもらえたら。応援しています。
あらかわ・しずか 1981年、東京生まれ。1歳から仙台市。97年全日本選手権で初優勝、16歳で出場した98年長野五輪は13位。2004年世界選手権で日本選手3人目の女王に輝いた。06年トリノ五輪ではフィギュアスケートでアジア選手初の金メダルを獲得。3か月後に現役引退を表明し、プロ転向。日本スケート連盟副会長などを歴任。現在は2児の母。06年からアイスショー「フレンズオンアイス」をスタートし、今回で18度目を数える。
あさだ・まお 1990年、名古屋市生まれ。5歳で競技を始め、2005年のGPファイナルで初出場初優勝したが、2か月後のトリノ五輪は年齢制限で出場できず。銀メダルを獲得した10年バンクーバー五輪ではSP、フリーで3度のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功、ギネス記録に認定された。全日本選手権6度、世界選手権3度の優勝。17年に現役を引退後、全国でアイスショーを開催。東京都立川市にスケートリンクを建設中で、今秋完成予定
注〈1〉 2005年に浅田がシニアのGPデビュー。初戦の中国杯は浅田2位、荒川3位。2戦目のフランス杯は浅田が初優勝し、荒川は3位。浅田は上位6人によるGPファイナルに進出し、初優勝した。
注〈2〉 14年ソチ五輪で金メダル候補だったが、SPで転倒して16位。フリーは、トリプルアクセルを決めるなどして自己ベストをマークし、6位まで追い上げた。
注〈3〉 金妍児(キム・ヨナ)(韓国)との対決で注目された10年バンクーバー五輪は、女子では五輪のSPで初めてトリプルアクセルに成功し、2位発進した。フリーでも2度のトリプルアクセルを決め、銀メダルに輝いた。
注〈4〉 「フレンズオンアイス2024」は8月30日から3日間、横浜市のコーセー新横浜スケートセンターで行われる。詳細は公式サイトへ。
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