角幡唯介さん 探検の深淵に引きずり込まれ
読売新聞 / 2024年7月19日 15時15分
『月と六ペンス』モーム著/行方昭夫訳(岩波文庫) 1221円
大学卒業後、探検と生活の両立を模索してフリーター生活を送っていた角幡さんが、環境破壊への問題意識を抱えて新聞社に入ったのは、27歳の時だった。「社会通過儀礼(就職)から逃げてるって負い目もあった」
初任地の富山では、黒部川のダムから下流域に流れる砂が漁業者に及ぼす悪影響などを取材した。だが、探検家の血が騒ぎ始める。「自分の探検の話を、自分の言葉で書きたいという衝動が抑えられなくなった。人生そのものにヒリヒリしたかった」
埼玉に異動し、800万円ほどの貯金を蓄えると退社した。入社5年目だった。退社前後に知り合いから勧められて読んだのが『月と六ペンス』だという。
英国の作家モームが画家ゴーギャンの生涯に材を取った小説だ。ゴーギャンは43歳で妻子を置いて仏領タヒチに移住し、飾り気のない現地人や土俗を鮮やかな色彩で描いた。小説内では、家族を捨てる選択について「三流どころの絵描きにしかなれなかったと分かったら、すべてを投げ出す価値などなかったという結果になりませんか」と問いかけられて、画家はこう答える。
〈「自分でもどうしようもないのだ。いいかね、人が水に落ちた場合には(中略)水から這い上がらなけりゃ溺れ死ぬのだ」〉
「理屈じゃない」
当時の角幡さんもまた、探検という底知れぬ
約1000メートルの巨大な岩壁や、雪が積もる標高3500メートル超の峠。峡谷奥地の村から出発して、数々の危険と
心には、新たな気持ちが芽生え始め、11年からは、北極へと向かっていく。「目的志向の強い探検のあり方とは違う新しい形を提示したい」。極地探検は、やがて現在の漂泊の旅につながることとなる。(真崎隆文)
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