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ドナルド・キーンさんの仏壇は六角形、人間国宝と棟梁が作った「亡くなった後のマイホーム」

読売新聞 / 2024年7月18日 17時5分

 日本文学の魅力を世界に広めたドナルド・キーンさん(2019年死去、享年96歳)が半世紀にわたって暮らした東京都北区のマンションの一室に、六角形の屋根を持つユニークな仏壇が置かれている。漆芸家の人間国宝、室瀬和美さん(73)と、数寄屋造り建築の 棟梁 (とうりょう)、木下幹久さん(66)が約3年をかけて完成させ、今年3月、キーンさんの養子の 誠己 (せいき)さん(74)に贈った。(編集委員 森太)

アイデアが固まるまで2年

 「キーンさんの家やと思うてつくりました。亡くなった後のマイホームです」。木下さんが、京都府京田辺市の自宅応接間で話し始めた。築100年の純日本建築は、庭に面した茶室を備える。「生きている人間は住み替えができますけど、仏さんはそういうわけにはいかんでしょ。中途半端なもんはあかんと思いました」

 木下さんに、「自由な発想でキーンさんらしい仏壇をつくってほしい」と依頼したのは、誠己さんと、木下さんが「先生」と呼ぶ旧知の室瀬さん。室瀬さんと木下さんは、キーンさんに生前、ダイニングテーブルをつくった。木下さんがこしらえ、室瀬さんが漆を塗った。キーンさんが亡くなった後、木下さんはキーンさんの 位牌 (いはい)も制作した。「位牌をつくってもらったから、仏壇も」という話になったそうだ。

 「いやあ、困りましたねえ。アイデアが固まるのに2年かかりました。新幹線で移動している時も、寝ている時も、ずっと頭の中にありました」。日本文学を世界に広めたパイオニアの道を開拓し、日本を愛したキーンさん。「キーンさんは、どんな家に住みたいんやろうか」。キーンさんの墓参りをした際、キーンさんが子どもの頃にかわいがっていた犬をモチーフにした黄色い犬が墓石に掘られていることも思い出し、「形式にとらわれてはあかん」という思いを強くした。

数寄屋造りの建築技法を生かす

 ある日、ぽっと頭に浮かんだのが、六角形の屋根を持つ仏壇だった。数寄屋造りの建築技法を生かし、屋根のラインと全体のバランスを考え、シンプルながら、世界でたった一つの存在感のある仏壇のイメージができた。室瀬さんも快諾。高級木材のカリン材のみを使用し、扉の開閉つまみも特注するなど細部までこだわった。誠己さんは材料費を負担し、木下さんと室瀬さんは仕事の合間を縫って無償でこつこつと制作した。木下さんが京都でつくったパーツに、室瀬さんが東京で漆を何度も塗った。完成した仏壇は、高さ約125センチ、幅約100センチ。誠己さんは「心からうれしかったです」と振り返る。

 「晩年は日本人になったキーンさんに、日本の家に入ってもらいたかったんです」。木下さんはそう言って、笑顔を見せた。

軽井沢で温めた親交

 「『室瀬さん、ちょっと来ましたよ』と言って、いつもふらりとやって来られました」。室瀬さんがキーンさんとの思い出を振り返る。長野県・軽井沢にある室瀬さんの別荘と、キーンさんの別荘は偶然、徒歩10分程度の場所にあり、午後の散歩がてら、キーンさんは誠己さんとともに室瀬さんの別荘に立ち寄ることがあった。三味線奏者の誠己さんと室瀬さんは、もともと知り合いだった。その後、誠己さんがキーンさんの養子になったことで、親交が深まった。

 そんな時、キーンさんは人なつっこい笑顔でこんな話をした。「江戸時代、ポルトガルから日本にパンが入ってきて、それから30年もしないうちに、ポルトガルでは『世界で一番おいしいパンは江戸で作っている』という記録が残されているんですよ」。時にはワインを飲みながら、夕食も食べながら、難しい文学の話ではなく、日常の楽しい会話が続いた。

 室瀬さんは、「ご飯茶 (わん)は明治以降の文化で、本来は木の漆塗りの椀で食べていただくのが一番おいしいんですよ」と、自作の椀をプレゼントしたことがある。それを使ってご飯を食べたキーンさんは「おいしいですね」と、とても喜んだという。

 室瀬さんは、「晩年の短い間でしたが、お付き合いさせていただいて、心豊かな貴重な時間を過ごさせていただきました」と感謝している。

世田谷文学館で来秋展示へ

 室瀬さんと木下さんの共同作業はまだ終わっていない。遺影や線香を置く前机を現在、制作中だ。二人が心を込めてつくった仏壇は、東京の世田谷文学館で来年秋から再来年にかけて開催されるドナルド・キーン展で展示される予定だ。

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