柔道日本代表の秘密兵器「ＧＯＪＩＲＡ」…５万件以上の映像分析、相手選手や審判も丸裸

読売新聞 / 2024年7月21日 12時11分

［超人の科学］

　己の技と肉体を極限まで磨き上げたトップアスリートの祭典、パリ五輪の開幕が２６日に迫った。驚異的なパフォーマンスをさらに高める最新テクノロジーが次々と登場し、様変わりした選手強化の最前線をリポートする。

　６月下旬、五輪選手らが集う国内最高峰の強化拠点「味の素ナショナルトレーニングセンター」（東京都北区）の柔道場。目前に迫るパリ五輪に向け、猛稽古に励む選手らの傍らに、１台の大型モニターがあった。

　画面に映るのは、日本の秘密兵器ともいえる独自の分析システム「ＧＯＪＩＲＡ（ゴジラ）」のデータだ。パリで戦う可能性のある海外選手の得意技や成功率などが表示されている。

　コーチと選手は「この選手は先手必勝型だから前半をしのごう」「投げ技よりも寝技に気をつけて」など、ライバルに特化した戦略を事前に練ることができる。

　「これが、今の日本の柔道です」。全日本柔道連盟（全柔連）科学研究部の現場統括で、コーチング学の博士号をもつ山本幸紀（３０）は言う。

　実力や勝負勘に頼るだけでは、もう世界で勝てない。ライバルの傾向を徹底的に分析する情報戦が鍵を握る。それを可能にしたのが、全柔連が筑波大と開発したＧＯＪＩＲＡだ。

　ＧＯＪＩＲＡの名称は、Ｇｏｌｄ（金）、Ｊｕｄｏ（柔道）、Ｉｐｐｏｎ（一本）、Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ（革命）、Ａｃｃｏｒｄａｎｃｅ（調和）の頭文字に由来する。

　運用開始は、約１０年前。科学研究部のスタッフ１５人が、あらゆる国際大会の試合映像を確認し、全ての得失点パターンを手入力でデータベース化した。かき集めた５万件以上の映像から選手５０００人分の情報を自動集計し、リポートを作成する。

　例えば、「ケンカ四つ」の組み方の場合、相手のポイントにつながった仕掛け技の割合を「内股２３・０％」「背負い投げ１３・０％」などと表示し、選手に注意を促す。警戒すべき技を文字の大小で表現し、効果的に意識付けする工夫もした。

　いざ試合になれば、選手は頭で考えるより先に体が動く。厳しい鍛錬があってこその情報戦だ。代表コーチの小野卓志（４４）は「データを基に技練習や乱取りを日々繰り返し、体が動くよう染みこませる」と語る。

　男子９０キロ級日本代表の村尾三四郎（２３）（ＪＥＳグループ）も「自分の感覚だけでなく、客観的に相手を知るためにデータは大切だ」と有効性を認める。

　村尾のライバルで２０２１年東京五輪の金メダリスト、ラシャ・ベカウリ（ジョージア）が出た数十試合を分析すると、最初の審判の「待て」の後にポイントを取る割合が８０％もあった。

　「この時間帯を我慢すれば相手のペースを乱し、勝機につながる」。２２年、科学研究部から助言された日本選手が戦うと、ほぼ負けっ放しだったベカウリから貴重な１勝をもぎ取った。

　東京五輪でＧＯＪＩＲＡをフル活用した日本は、史上最多９個の金メダルを獲得。ただ、世界もデータ分析に力を入れ始めており、山本は「パリは日本一強にならないだろう」と冷静だ。

　パリに向け、データ収集量を倍増し、個々の審判の判定傾向も探る科学研究部。「世界一のチームを目指すなら我々も世界一にならないといけない」と誓う。

　真夏のパリでＧＯＪＩＲＡは再び火を噴くのか。柔道発祥国のプライドを懸けた戦いが、まもなく始まる。

　スーパーコンピューターで選手の動作を解析する研究も進む。筑波大計算科学研究センターは、同大のスパコン「ペガサス」で様々な競技映像を解析し、選手がどんな動き方をするのか予測する技術を開発中だ。

　例えばバドミントンでは、シャトルに対する選手の反応速度や動き方などを推定する。サッカーでは、ピッチ上で動き回る選手の追尾データに基づき、効果的なフォーメーションを分析。心拍数などの生体データを加味し、目ではわからない選手のクセを見抜き、戦略立案などに生かすことも可能になるかもしれない。

　映像データだけで、こうした複雑な解析を行えるのは、高度な計算能力を備えたスパコンならではだ。

　研究はスポーツ庁が支援し、２０２８年ロサンゼルス五輪での本格活用を見込む。同大の北原格教授は「解析によって競技力の底上げにつなげたい」と話す。（敬称略）

（科学部　清水誠勝、運動部　小高広樹）