強豪の滑りをシミュレーターで疑似体験、「強くなる近道」…運動量やダンスも「可視化」し強化

ＧＰＳ駆使し海外選手の動きを再現

［超人の科学］

　己の技と肉体を極限まで磨き上げたトップアスリートの祭典、パリ五輪の開幕が２６日に迫った。驚異的なパフォーマンスをさらに高める最新テクノロジーが次々と登場し、様変わりした選手強化の最前線をリポートする。

　データからアスリートの動きを「可視化」すれば、自分やライバルの強みや弱点を繰り返し分析して、パフォーマンスを効率的に向上させることができる。

　セーリングｉＱフォイル級の日本チームは、風を受けて海上を滑走するセーリングボードの動きを再現できるシミュレーターを使う。

　開発したＮＴＴ横須賀研究開発センタ（神奈川県）には、日本代表の富沢 慎 （まこと）（４０）（トヨタ自動車東日本）の姿があった。富沢は海外のライバル選手の動きをシミュレーターで疑似体験し、「こんなにボードのブレが少ないの？」と驚いた。

　ｉＱフォイル級は、パリ五輪から採用された新種目。ボード底部にある水中翼（フォイル）の効果で、平均時速約４０キロ・メートル、最高時速６０キロ超ものスピードが出る。滑走中はボードが浮き上がり、海上を飛んでいるかのように見える。

　海外勢のハイレベルな操縦方法をシミュレーターで再現するため、練習仲間の海外トップ選手の協力を得て、ボードの傾きを測るセンサーを設置。さらに３６０度カメラ付きのヘルメットをかぶってもらい、必要なデータを取得した。

　富沢らは、海外選手がボード上で見ていた光景が映像で流れる専用ゴーグルを付け、ボードの動きの感覚をつかんだ。海外勢はより多くの風を受けて速度を上げようと、ボードの帆をほぼ垂直に設置していることがわかった。

　シミュレーターの開発は、ＮＴＴ副社長で日本ウインドサーフィン協会会長の川添 雄彦 （かつひこ）（６２）が指揮した。川添は「テクノロジーは高いパフォーマンスを得るための近道だ」と自信を見せる。

　ＮＴＴは、全地球測位システム（ＧＰＳ）の位置情報でボードの軌跡を２分で可視化するシステムも開発した。スタッフが、最高速度や滑走位置などのデータを海上のコーチのパソコンに送信。コーチは選手に滑走の軌跡や速度を伝え、すぐに改善点を練習に反映させてきた。

　位置情報を使った練習には、７人制ラグビー日本代表も取り組む。７人制は１５人制よりも１人が動く範囲が広く、時速３０キロのダッシュを繰り返すこともある。試合は前後半７分ハーフと短い分、五輪では１日に２試合組まれるなど、体力勝負だ。

　日本代表は練習時、位置情報が分かる小型のＧＰＳ装置をユニホームの背中にあるポケットに忍ばせる。

　コーチの端末には、位置情報を基にした走行距離、最高速度、全力疾走した時間などが届き、データを見て練習の負荷を調整できる。日本代表の古賀由教（２５）（ＢＲ東京）は「ＧＰＳなしの練習や試合は考えられない」と断言する。

　運動量を評価し、２試合目に起用する選手を決める判断材料にも使える。分析や体調管理などを担うコーチの坂田貴宏（５３）は「選手の能力を引き出すのに不可欠だ」と話す。

　正確なデータは、味方の真の実力を丸裸にし、潜在能力を極限まで高める。

ブレイキン強化の裏技？

　パリ五輪の新競技ブレイキン（ブレイクダンス）は、ＤＪが即興で流す曲に合わせて選手が多彩なステップや回転技を繰り出す。理化学研究所の音楽情報知能チームは、曲のリズムを事前に分析し、数秒先までの曲の「拍」を可視化できるシステムを開発した。

　システムでは、強い拍が長い棒、弱い拍は短い棒で表現され、曲の流れとともに画面の上から下りてくる。この画面と競技映像を重ねることで、リズムに合わせて操作する音楽ゲームのように、曲と技のタイミングが一致しているかがわかる。

　日本代表の 半井 （なからい）重幸（２２）（ダンサー名ＳＨＩＧＥＫＩＸ）（第一生命保険）の動作を分析すると、人並み外れた体幹とバランス感覚で、体全体をピタッと静止させる「フリーズ」が高精度で決まっていた。

　理研チームリーダーの浜中雅俊（４９）は「将来的には、競技力の強化に活用できるようにしたい」と話す。（敬称略）

（科学部　前村尚、沼田良宗）