なでしこジャパン北川ひかる、２つの震災のショック力に「私が被災地の力になる番」

ガーナ戦でパスを出す北川ひかる選手(７月１３日、金沢市で）＝桐山弘太撮影

　パリ五輪に出場する選手たちは、それぞれの思いを胸に戦いに挑む。東日本大震災や能登半島地震で自分や家族が被災したアスリートの願いは同じ。「自分のプレーで、少しでも誰かを勇気づけられたら」。恩返しを誓う舞台の幕が開く。（長沢勇貴、竹田章紘）

なでしこのＷ杯優勝「パワーもらった」

　２５日夕（日本時間２６日未明）、スペインとの初戦に臨むサッカー日本女子代表（なでしこジャパン）。北川ひかる選手（２７）は中学生の時、東日本大震災で被災し、２０１１年ワールドカップ（Ｗ杯）ドイツ大会で初優勝した日本代表に勇気づけられた。１月、能登半島地震にも遭い、「今度は、私が被災地の力になる番だ」と決意する。

　サッカーをしていた兄の影響で５歳の頃にサッカーを始め、金沢市のチームで練習に明け暮れた。その後、親元を離れて日本サッカー協会が設立した「ＪＦＡアカデミー福島」に入校し、福島県楢葉町の中学に通いながら、同世代のトップ選手たちと技術を磨いた。

　中学１年の３月、東日本大震災に見舞われた。練習拠点のＪヴィレッジは、東京電力福島第一原発事故の対応拠点となり、使用できなくなった。北川選手らは静岡県御殿場市に移ることを余儀なくされた。

　「この先どうなっていくかわからなかった」。不安に感じていた北川選手の力になったのは「なでしこジャパン」の活躍だった。

　夏のＷ杯決勝で、強豪のアメリカをＰＫ戦の末に破った選手の姿に「パワーをもらった」。新たな場所でも練習に打ち込み、１４年には１７歳以下女子Ｗ杯の代表メンバーに選出された。

実家の金沢で被災「石川に希望届けたい」

　東京五輪では代表入りを逃したが、２３年に移籍したＩＮＡＣ神戸で、パスの精度を高めるなど技術面で成長。球際の強さも評価され、ディフェンダーとしてパリへの切符をつかんだ。

　元日、金沢市の実家で能登半島地震に見舞われた。家族は無事だった。２月、家屋の調査を行う父に同行し、被災地を回った。「道路も家も崩れたまま。悲惨だった」と、変わり果てた光景にショックを受けた。

　今月１３日に金沢市で行われた、能登半島地震からの復興支援を兼ねた国際親善試合・ガーナ戦に先発出場。左サイドから積極的に攻撃に参加し、勝利に貢献した。

　「中学生の頃、自分が勇気をもらったように、今度は私が石川の人たちに希望を届けたい」。決勝トーナメント進出に向け、勝利への強いこだわりを見せる。

ブレイキン大能寛飛、踊る「誰かのために」

　「自分のダンスで誰かが元気になってくれれば」。金沢市で生まれ育ったブレイキンの 大能寛飛 （おおのひろと）選手（１９）（ダンサー名ＨＩＲＯ１０）は、そんな思いを胸にパリに乗り込む。

　今年の元日、練習のため大阪に滞在していた時、能登半島地震が起きた。石川県穴水町の７０歳代の祖父母は無事だったが、１か月ほど避難所で暮らした。祖父はその間、新型コロナウイルスにも感染した。

　「本当にかわいそうだった」と振り返る。発生から５日後のジャパンオープンは「ダンスでエールを送る」と臨んで初優勝。その後も結果を残し、２枚しかない五輪切符をつかんだ。

　９歳の時、通っていたダンス教室で、年下の子が逆立ちのまま頭だけで回転する「ヘッドスピン」をしている姿に魅せられた。「俺もあれをやりたい」

　毎晩、美容室を営む父の善行さん（４５）に車で連れて行ってもらい、ダンサーが集まる体育館に通った。それから１０年、体を動かさなかった日はほとんどない。「練習の鬼」と父は言う。

　幼い頃は、動画で海外選手を研究した父から、体の使い方を教わった。海外選手と自分の映像を見比べながら技を覚えた。「パワームーブ（回転技）がめっちゃ好きで、それしか練習しなかった」。中学３年で初めて全国大会で優勝した。

コロナでダンス留学が延期に

　コロナ禍で予定していた海外へのダンス留学が延期になると、焦りを募らせて父に告げた。「俺のダンスは、このままじゃ絶対に進歩せん。高校を辞める」

　学校と相談し、３週間だけ単身オランダに渡り、ダンス修行。自らＳＮＳを使ってホームステイ先を見つけ、現地のチームで技を磨いた。卒業後は、海外を主戦場としてきた。

　祖父母は孫の活躍を楽しみにしていて、友人たちに自慢し、孫を見るために大型テレビを買った。能登で働く小学校時代の担任の教師からは、子どもたちの前で踊ってほしいと頼まれている。

　五輪前、父につぶやいた。「自分のためじゃなく、誰かのためにダンスを踊れるって、すごい力になる」。本番では、思い切り楽しむ姿を見せると決めている。