14歳吉沢恋の滑りは「安心」できた…金メダルに導いた「3D」な大技と反復練習[藤沢虹々可の目]
読売新聞 / 2024年7月29日 7時0分
パリオリンピックのスケートボード・ストリート女子は28日、14歳の吉沢恋(ACT SB STORE)が「金」、15歳の赤間凛音が「銀」を獲得。同種目では、日本勢が2大会連続の金メダル獲得となった。
強豪が相次いで失敗した「ラン」
やはり、五輪には独特な緊張感がある--。強く感じる大会だった。
スケートボード・ストリートは、45秒間コース内で自由に滑ることができる「ラン」2本と、一発の技を競う「ベストトリック」5本を滑り、高得点のラン1本、ベストトリック2本の点数を合計して順位を決める。
有力な優勝候補だった2人がランで相次いで失敗したのは、日本にとっては追い風だった。これまでの集大成にしようと思ったのだろう。東京大会「銀」のライッサ・レアウ(ブラジル)と、世界ランク6位のクロエ・コベル(豪州)がランで「魅せる」技で攻め、結果として失敗したことは日本にとって追い風となった。
一方、日本勢3人はランのトリックを全て成功した。代表選考の構成とあまり変えずに、手堅く決勝に進出し、決勝でギアを入れた。吉沢は高難度の「フリップボード」と「ビッグスピンボード」をランのダウンレールに入れるなど、レベルアップさせたのが奏功した。だが、本当の意味で勝負を分けたのはベストトリックだ。
「5連続失敗」中山が示したものは
単純な「五輪選手」としてだけでなく、「スケーター」と見たときに、そのプライドを中山は示した。ランを3位で終えてベストトリックに入ったにもかかわらず、彼女のシグネチャートリック「フロントサイドKグラインド」(フロントK)を1本目から決めに行った。板の前車輪の金具をかけながら手すりを降りる高難度の技だが、結果的に5本連続で失敗。表彰台も逃した。
だが、観客が彼女にそれを期待しているのは明らかで、本人にも決めたい思いがあったに違いない。置きにいけば--とも考えられたが、東京大会では「隣で金メダルを見ていた」わけで、金メダルを取りに行ったのではないだろうか。そこに果敢に挑む姿はかっこよかった。
赤間は「得意技」決めれば優勝間違いなし、だが…
赤間のベストトリックは1本目から気持ちよく決まり、2本目は少し難易度を抑えたものを決めて手堅くまとめた。結果としては、そこから3本連続で失敗するわけだが、「金メダルを取りに行くトリック」にこだわった。決まれば優勝が間違いなかった、その技は「フロントサイド・フィーブルグラインド・180アウト」。ランの得点が良かっただけに、争う吉沢の得点状況を見ていれば、この技が決まれば優勝は間違いなかったはずだ。
この技は大会でもよく使われていて、彼女の得意技の一つ。これまで代名詞とされていた「バーレーグラインド」はベストトリックで使うにはレベルの低い技になってしまったところに、彼女の成長がある。
温めていたものが花開いたココちゃん
所属も同じで、彼女がスケートボードを始めたときから一緒にいた吉沢……、もとい、ココちゃんの滑りは彼女の膨大な練習の積み重ねが成したものだ。分かってはいるが、私も現役で、小さい頃から彼女を見てきた身としては「あんな小さい子が……」と悔しい気持ちもある。
五輪に向けて温めてきた物がちょうどよく花が咲いた。大会に出るたびに新技を出していき、大技の練習に取り組んできた真摯な姿勢がそれを可能にさせた。
特筆すべきは、ベストトリック4本目に繰り出し、今大会最高得点となる96・49点を出した「ビッグスピン・フリップボードスライド」。板を横に270度回転させる「ビッグスピンボード」を進化させた技だ。横に回転しながら、板そのものは縦に1回転させる「3Dな動き」。五輪出場を決めた、五輪予選シリーズ(OQS)ブダペスト大会で初めて見せた技だ。
彼女の最大の強みは安定感と技の完成度で、それを可能にするのは、反復練習だ。彼女は完成した技でも、繰り返し練習する。大会でもどこか安心して見ていられる「余裕感」は、この練習方法が裏付けになっている。
女王に求めることは
ココちゃんの姿は、東京五輪の女子ストリートで金メダルを獲得した西矢椛(サンリオ)そのものだ。西矢は東京大会の最後の予選大会で表彰台に乗り、勢いそのまま金メダルを獲得した。ココちゃんもOQS最終戦で優勝した勢いのまま、優勝した。両者に共通するのは「背負う物がない」ということだ。リラックスしている表情や、楽しんでいる姿は気負いのなさを感じさせた。
だが、東京大会からの3年間で何が起こったか。スケートボードのメディアへの露出は増え、スポンサーに名乗りを上げる企業も多く現れ、「稼ぐ力」が競技そのものや選手についた。そうしたことから生まれるプレッシャーは、東京大会の時にはなかったものだ。
スケートボードには多くの大会がある。ココちゃんは世界最高峰の賞金大会「Xゲームズ」などの世界大会への出場経験は浅い。若い時期から五輪という大会で優勝した人にしか分からないプレッシャーと戦いながら、ココちゃんのスケーターとしてのキャリアは、むしろ、今まさに始まったといえる。
あえて、ココちゃんに国内のガールズスケーターシーンを率いてほしいとは言わない。なぜなら、彼女のスケーターとしての歩みはこれからだからだ。願うことは一つ。「今のココちゃんの気持ちのまま、楽しくスケートボードに乗ってもらいたい」ということだけだ。
プロフィル
藤沢虹々可(ふじさわ・ななか)
プロスケーター。パリ五輪スケートボード女子ストリート金メダリストの吉沢恋と同じACT SB STORE所属。2023年日本オープン女子ストリートで優勝。世界最高峰のプロリーグ「SLS」が新設した大会「SLS APEX」女王。
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