「幸運の左」早田ひな、「韓国の神童」の強烈バックにけがの影響少ないフォアで対抗[伊藤条太の目]
読売新聞 / 2024年8月4日 8時4分
パリオリンピックの卓球女子シングルスは3日、3位決定戦が行われ、早田ひな(日本生命)が韓国の申裕斌(シン・ユビン)に4-2(9-11、13-11、12-10、11-7、10-12、11-7)で勝利し、初出場のオリンピックで銅メダルを獲得した。
[伊藤条太の目]
怪我のハンディを跳ね返した、涙、涙の銅メダルだった。
早田ひなは準々決勝のピョン・ソンギョン(北朝鮮)戦で利き手の前腕を痛め、昨日の準決勝では世界ランキング1位の孫頴莎(中国)に実力を出し切れずに敗れた。そして今日迎えた銅メダル決定戦。相手は準々決勝で平野美宇をフルゲームで下したシン・ユビン、20歳。“韓国の神童”と言われてきた選手だ。
手首と前腕使うバック不調
早田は痛み止めの注射を打って臨んだが、序盤からバックハンドのミスが目立つ。明らかに普段の早田のプレーではなかった。得意のチキータも精彩を欠き、バックハンドドライブがことごとくネットにかかる。バックハンドは手首と前腕を使うため、痛みがないとしても、その動作の精度、スピードが通常ではなかったのだろう。特に、ボールを激しく擦り上げるチキータやドライブは、スイングスピードがわずかでも落ちればボールはネットを越えない。
頼りになるのはフォアハンドだ。フォアハンドなら、手首と前腕をセーブしながら全身と肩関節を使ってなんとか得点できるボールを打てる。しかし第1ゲームは、バックハンドのミスが多すぎたのと、フォアハンドもわずかにコートを外れて落としてしまう。
第2ゲームはバックハンドを無理せず入れに行くことでミスが減り、要所で放つフォアハンドが徐々に決まり出して取り返した。
高いトスのサーブ、要所で繰り出す
最も重要な局面となったのは、ゲームカウント1-1で迎えた第3ゲームだった。早田は7-10とゲームポイントを握られたが、この試合で1度しか出していなかった高いトスのサービスを3本連続で出す見事な駆け引きを見せて逆転でもぎ取った。シンもこのゲームの重要性をわかっており、9-10となったときにタイムアウトを取ったが、早田の勢いを止めることはできなかった。
次のゲームも早田が取って3-1。第5ゲームはシンが気を吐いてジュースで取り返したが、最後は早田が11-7と決めてこの大試合をモノにした。東京五輪での伊藤美誠の銅メダルに続く、日本選手として女子シングルスで史上2人目のメダル獲得となった。
「左対右」が有利に
早田にとって幸運だったのは、シンのプレースタイルと二人の利き手の関係だった。シンの得意技は、平野を破る武器ともなった、威力と確実性を誇る大砲のようなバックハンドである。もっとも得意とするのはバッククロスに放つボールだが、左利きの早田にとってそれはフォアクロスになる。いくら威力のあるシンのバックハンドでも、フォアハンドには敵わない。それが100%の状態ではない早田のフォアハンドであってもである。もしも早田が平野のように右利きだったら、シンのバックハンドを手負いのバックハンドで凌ぎ切ることは難しかっただろう。
もちろん、シンのフォアハンドも威力があるが、バックハンドに絶対の自信があるシンは、バック側のボールを回り込んでまでフォアハンドを使うことはしない。逆に早田は勝負どころになると、前腕のハンディを足でカバーするとばかりに動き回り、ときには打球後に右手を床について倒れ込んでまでフォアハンドを放った。この差が勝敗を分けた。
早田は試合後のインタビューで怪我について「まさか神様にこんなタイミングで意地悪されるとは思わなくて」と涙ながらに語ったが、その意地悪を完全に逆手に取り、早田の鍛え抜かれた心技体を見せつけることになった一戦だった。(卓球コラムニスト 伊藤条太)
いとう・じょうた 1964年岩手県生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学卒業後、一般企業に就職するも卓球への情熱やみがたくなぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなりYahoo!ニュースなどで執筆中。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。
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