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32年前、風と一緒に走っていた谷口浩美さん…悲壮感を見せない敗者[財津和夫さん寄稿]

読売新聞 / 2024年8月7日 9時13分

ミュージシャン 財津和夫さん 76

 老人に夜更かしは酷なはずだが、私は夜型なのでパリ・オリンピック観戦など楽々だ。でも記憶力は予定通り低下しているので左脳フル活してもわずか前回の東京オリンピックの金メダリストが記憶にない。

 また、競技を ながら「この勝敗を知っている! デジャヴーだ!」と右脳フル活した気分になるが、実は前夜のライヴ時に既に観ていたことを忘れているのだ。こんな深刻な脳でもオリンピックといえばこの一幕だけは忘れない。

 バルセロナでの谷口浩美さんのマラソン。有名な話だから詳しくは書かないが、給水所で後続ランナーが谷口さんの かかとを踏み、靴が脱げたため金メダル候補は8位になった。中継を観ていた私は谷口さんになったつもりで、口惜しさを超えて踵を踏んだランナーに憤りさえ覚えた。

しか しレース後のインタヴューで『こけちゃいましたぁ(笑)』と言ったことに今度は私がこけそうになった。 大袈裟 おおげさではなく、この言葉で私の人生の歩き方が決まったといっていい。誰かに防ぎようのない負荷を強いられたとき、私にこんなことは言えない。『踵踏まれて靴脱げ、対応に相当の時間を要しました』と言うだろう。でも彼は、軽妙に自分のせいにしたのだ。

 オリンピック選手は国や知人などの期待を否応なく背負っている。もし実力が発揮できない結果に終わったとき、選手はその重圧に耐えられなくなり自分を責め、運命を責めるだろう(それはよく理解できる)。でもその もだえる姿を長々と見せられると つらい。

 敗者がこの闘いのために長い間積み上げてきたその苦しみの日々をいとも簡単に競技場に てて勝者を たたえるとき、私 たちはスポーツから一瞬で“大切なこと”を学ぶ。でも時代が変われば価値観も変わる。悶える姿に共感して救われる人もいるかもしれないのだから老人の脳で余計なことを語るのはやめよう。ただ、これだけは言いたい――谷口さんは、きっとあの時、誰とでもない、風と一緒に走っていたんだ、と。

 スケートボードは新しい競技だけに選手に悲壮感がないのがよかった。解説は的確で わかりやすかった。同時に『やば! ハンパネェ、すげぇ!』と連発するので、ますますこの競技と解説者を好きになった。

ざいつ・かずお 1948年、福岡県生まれ。72年にバンド、チューリップとしてデビュー。「心の旅」「青春の影」などをヒットさせる。5月に50周年のアンコール公演を完走した。

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