ソ連頼みの終戦を夢想、出口戦略なき開戦は現代も…国際政治学者・千々和泰明さん
読売新聞 / 2024年8月14日 5時0分
[戦争の末路 戦後79年]
いったん始まった戦争は、容易に終結しない。第2次世界大戦は、徹底した破壊と6000万人もの死者を出した末、ようやく止んだ。終戦から79年の夏、新たに見えてきた戦争の実像について、若手の識者に聞く。初回は国際政治学者の千々和泰明さん(45)と、戦争の「終わらせ方」を考える。
膨大な人の命を奪った太平洋戦争は、他国頼みの空気の中で始まりました。
開戦1か月前の1941年11月、政府と軍部は「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」という計画を作りました。同盟国のナチス・ドイツが欧州で英国を屈服させれば、米国は戦意を失い、少なくとも引き分けに持ち込める。ドイツに乗っかり、終結に向けた具体的な戦略がないまま対米戦争に踏み切ったことが破局の始まりでした。
<日本軍は翌12月の真珠湾攻撃で米軍に大打撃を与える。しかし空母4隻を失った42年6月のミッドウェー海戦から敗走が始まる>
日本は43年9月、戦争を続けるために不可欠な防衛線として、千島列島からビルマに至る「絶対国防圏」を設定します。しかし、44年にその一角だった太平洋のサイパン島が陥落し、あっけなく崩壊する。その中で米軍に一度、大打撃を与えてから和平交渉を進める案が浮上します。特攻攻撃を繰り返しますが、米軍の勢いをとどめることはできず、沖縄に上陸を許してしまいます。
こうした中で浮上したのが、日本と中立条約を結びながら、連合国の一角をなしていたソ連に和平の仲介を依頼することでした。45年5月、首相や外相、陸海相らによる「最高戦争指導会議」は、仲介の代償として日本領だった南樺太や千島列島の北半分のほか、満州(現中国東北部)で築いてきた鉄道網を引き渡すことまで決めます。
戦争において第三者の力を借りるのは、おかしなことではありません。しかし日本はそのとき、ソ連の指導者・スターリンから、46年までの相互不可侵を定めた日ソ中立条約は「延長しない」と通告されていた。ソ連にすがる非現実性に向き合うべきだったのです。
<日本は連合国が降伏を迫った7月のポツダム宣言を黙殺し、なおもソ連に仲介の終戦工作を続けた。なぜ早期に降伏を選択できなかったのか>
譲れない一線として、天皇が君主として存在する「国体護持」を掲げていたからです。ソ連による仲介工作でも、国体護持を含む形で米英との和平を目指していました。
ただ、米国内では天皇制が日本の軍国主義の元凶との意見が根強くありました。ポツダム宣言の草案には当初、皇室の下での立憲君主制を保証することが明記されていましたが、それも削除されています。
<日本は自国の犠牲者の増大を軽視し、多くの人が無残に死んでいった。広島と長崎に原爆が投下され、なだれ込むようにソ連も参戦した>
まさに出口戦略がなかったからです。しかし、それは決して過去の話ではありません。
中東では、パレスチナ自治区ガザでイスラエルとイスラム主義組織ハマスの戦いが続いています。ハマスに捕らえられた人質が返還されるメドは立っておらず、戦闘は続き、人道状況は悪化する一方です。
そして欧州では、プーチン露大統領が「ウクライナはすぐに屈服する」という甘い見通しで戦争を始めてから、もう2年半がたちます。いったん始まった戦争は容易には終結しません。この事実が21世紀になって再び証明されたことに慄然としています。
戦争の終わらせ方探究…「危険」と「犠牲」の間で
私は今年46歳になりますが、我々の世代では肉親に戦争体験者がいることが当たり前でした。母方の祖父は、いつも銃撃された脚を引きずって歩いていました。太平洋の激戦地・硫黄島に出征した大叔父は、戦死したと思った家族が葬儀を行った後に帰還し、みんなを驚かせたそうです。
硫黄島では守備隊2万3000人のうち9割が戦死しました。大叔父は戦後、穏やかに暮らすことができましたが、多くの日本兵が絶海の孤島で飢えと喉の渇きの中で死んでいった。肉親の体験から、戦争の理不尽さを感じたことが安全保障研究を始めたきっかけの一つになりました。
NSC設立
東日本大震災直後の2011年4月、防衛省防衛研究所から内閣官房に出向し、「国家安全保障会議(日本版NSC)」の設立に携わりました。
政府の外交・安全保障政策の司令塔をイメージする中で考えたことは、戦争の抑止や有事の初動対応だけでなく、「万一、戦争に巻き込まれたとき、どう決着をつけられるか」という出口戦略が必要ということでした。そのためには、先の大戦を含む戦争の終結方法について理解を深めなくてはならない。1年間の出向を終えて防衛研究所に戻り、調査を始めました。
20世紀以降の主な戦争の終結方法を分析する中で見えてきたことがあります。戦闘で優位に立った勢力が、敵対する勢力の「将来の危険」と、自軍の「現在の犠牲」のどちらを重視するかで戦争の終わり方が決まるということです。
将来の危険を根本的に解決しようとすると、現在の犠牲は増えます。現在の犠牲を減らすことを優先して妥協的な和平を選択すれば将来の危険の芽を摘むことはできません。
例えば、第2次世界大戦で優勢勢力だった米国などは、ナチス・ドイツや日本軍国主義の将来の危険を重視し、自軍の兵士の犠牲に目をつぶってでも、無条件降伏やそれに近い形で戦争を終結させました。その結果、日本やドイツは安定した民主国家になりました。
逆に朝鮮戦争で米国は、戦闘の長期化と戦局の悪化で自軍の犠牲が増えることに耐えきれず、妥協的な和平を結びました。朝鮮戦争は休戦協定の締結から70年以上たちますが、今も38度線で北朝鮮と韓国が
戦争終結では、この相反する二つの価値を冷静に分析する力が求められます。特に犠牲者数などで推し量れる現在の犠牲とは異なり、将来の危険は計算が難しい。第2次大戦で連合国が徹底的にナチス・ドイツをたたいたのは、第1次大戦から約20年で再びドイツとの世界大戦が起きたという反省があったからです。
現在の犠牲についても、冷静な分析が必要です。損害が大きく、得るものが少ない勝利を指す「ピュロスの勝利」という言葉があります。将来の危険を除去しても、あまりにも犠牲が大きければ勝利とは言えません。
長期化の様相
現在続く二つの戦争は終結の道筋が見えず、長期化の様相を呈しています。
ロシアは核戦力も含め、総合力でウクライナを上回っている。ロシアは北大西洋条約機構(NATO)に加盟を希望しているウクライナを被害妄想的に将来の危険と見る。だから現在の犠牲をいとわずに戦闘を続けています。西側諸国は長期化を前提に、支援を継続する必要があるのです。
パレスチナ自治区ガザでも、優勢勢力であるイスラエルが将来の危険であるハマスの除去にこだわり、ガザの人道状況は悪化の一途をたどっています。
戦後の日本で戦争終結をめぐる議論が進まなかった背景として、「戦争を容認するのか」という誤解があったと思います。
私は、戦争は決して起こしてはならないと思っています。しかし、太平洋戦争後も現実に戦争は発生しているし、日本を取り巻く情勢は厳しさを増しています。
先の大戦で日本は早期に終戦への道筋を描けなかった。だからこそ、不幸にも戦争が起きたときに、どう終わらせるのか常に考えておくことが、戦争を防ぐために大切なのです。
ちぢわ・やすあき 福岡県出身。専門は防衛政策史。2009年、防衛研究所の教官になり、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査を経て、13年から同研究所主任研究官。著書に「戦争はいかに終結したか」など。
平和の祈り込めた降伏文書
カップルや家族連れなどが行き交う東京都心の複合施設・麻布台ヒルズに4月、外交資料を管理・公開する外務省外交史料館の展示室がオープンした。日本が開国した「日米修好通商条約」のレプリカなど約70点を展示している。
その中で、ひときわ目を引く資料がある。「INSTRUMENT OF SURRENDER」。縦約60センチ、横約80センチの大型の資料は、1945年9月2日、東京湾に浮かぶ米戦艦「ミズーリ」の艦上で調印された「降伏文書」のレプリカだ。
もともと展示室は別の場所にあったが、施設が老朽化したため、麻布台ヒルズ内に移転した。7月までの来場者数(7818人)はすでに、2020~23年度の総来場者数(4790人)の1・6倍に達したという。
「過去の流血や蛮行に終止符を打ち、より良い世界が出現することは、私の希望であり、全人類の希望でもある」。連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは署名式当日、こう演説した。だが、米国などはこの5年後、朝鮮半島で起きた戦争に介入していく。
世界では今も出口の見えない戦争が繰り返されている。同館は「展示を通じ、平和の尊さを認識してほしい」とし、こう訴える。「国や国民の利益を守り、平和で豊かな世界を築くために、対話と交渉による外交が必要だ」。それが、戦争に代わる唯一の外交手段であることを切に願う。(竹内)
社会部・竹内駿平、デザイン部・柳平彩乃、編成部・板倉孝雄が担当しました。
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