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連れ去られた初日からロシア語教室、「必死に勉強するふりをした」9歳に病院職員「君もモスクワへ行くんだよ」

読売新聞 / 2024年8月20日 6時14分

 【キーウ=倉茂由美子】ロシアによるウクライナ侵略で深刻な戦争犯罪の一つとされるのが、ウクライナの子どもをロシアや露占領地に強制的に連れ去る行為だ。ウクライナ政府は被害者数を約2万人と推計している。露軍による連れ去りを経験した子どもと救出に成功した祖母が、24日で開始から2年半を迎える侵略下の体験を本紙に語った。

 「隣の家に行こうとしたら爆発が起きた。僕は足をけがして、ママは死んじゃった」。侵略開始から約3週間後の2022年3月下旬。ウクライナ南東部マリウポリにいるはずのイリア・マトビエンコ君(12)が、ロシアが支配する東部ドネツクの病院でベッドに横たわる姿を収めた映像が、露メディアで流れた。

 映像を見たウクライナ西部ウジホロドの祖母オレナさん(65)は、娘のナタリアさん(当時39歳)の死を悟り、泣き崩れた。パニックに陥りながらも、両足を包帯で巻かれた当時9歳のイリア君を救い出すと決意した。

 ドネツクの社会福祉当局に電話でイリア君の所在を尋ねると、「孤児として登録され、養子縁組の手続きが進んでいる。もうすぐ30人ほどの子どもと一緒にモスクワへ送られる予定だ」と告げられた。オレナさんはウクライナ政府に支援を求め、救出に動き始めた。

 ウクライナ南東部マリウポリで2022年3月下旬、当時9歳だったイリア・マトビエンコ君(12)が露軍の攻撃に遭った。連れ去られた先で経験したのは、言語を含めた「ロシア人化」教育だった。

異様な雰囲気

 露軍の攻撃でイリア君は両足、母ナタリアさん(当時39歳)は頭部に砲撃の破片を浴び、近所の住民に助けられて応急処置を受けた。出血がひどかったナタリアさんは翌朝、息絶えていた。

 間もなく、ロシア兵が隣人宅に上がり込み、イリア君を「避難させる」と担架に乗せて連れ去った。ロシアとの国境に近い都市を経由し、ロシアが支配する東部ドネツクの病院に着いた。

 露当局の管理下にある院内は異様な雰囲気だった。手荒なことで知られる露南部チェチェン共和国から参戦している部隊が見回り、1階では負傷したロシア兵たちがいた。イリア君が運び込まれた3階には孤児とされるウクライナ人の子どもら数十人が集められていた。

 「ロシアの一部であるウクライナに栄光あれ!」。病室に入ってきた医師は、こう言って出迎えた。初日からロシア語教室が始まり、ロシア語の詩を音読させられ、手紙の書き方を教えられた。母親の死の悲しみや、けがの痛みをこらえながら、イリア君は「必死に勉強するふりをした」。

突然同級生が姿消し

 病棟からは子どもたちが次々に姿を消していった。両親を失った同級生のビタリー君も、ある日突然いなくなり、「モスクワに連れて行かれた」と聞かされた。イリア君も病院職員らから「君もモスクワへ行くんだよ」と言われたが、ロシアでどんな扱いを受けるか分からず「どこにも行かない」と拒み続けたという。

 約1か月後の4月下旬、救出に動いていた祖母オレナさん(65)は、ウクライナ政府高官やプーチン露大統領とつながりが深いロシア人実業家の仲介を取り付けた。ポーランド、トルコ、ロシアを経由し、1週間かけてドネツクにたどり着いた。

 ロシア支配下の地元社会福祉当局は、事前交渉の段階で、オレナさんがイリア君の祖母だと認めることを拒んでいた。このため、ウクライナ側で事前に用意したイリア君との養子縁組を証明する書類を社会福祉当局に提出した。

 だが、今度は医師らが「モスクワの病院で治療する必要がある。これから移送する」と引き渡しを拒もうとした。オレナさんは「すぐに連れて帰る」と主張し、ようやく病院で再会を果たした。目の前のオレナさんの顔を信じられない様子で見つめるイリア君を、泣きながら抱きしめた。

帰還は380人

 ウクライナ政府によると、連れ去られたとされる子ども約2万人のうち、非政府機関やカタールなどの仲介で帰還したのは約380人にとどまる。残る子どもたちはロシア人家庭で養子となったり、軍事訓練や愛国教育のキャンプに入れられたりし、ロシア人化が強制されているという。

 国際刑事裁判所(ICC)は昨年3月、子ども連れ去りの容疑で、プーチン大統領の逮捕状を出した。逮捕状発行にあたり、証言をした子どもの一人がイリア君だ。ウクライナ西部ウジホロドを拠点に欧米を訪れ、自身の体験を語る活動を続ける。

 幼くして経験した 凄惨 せいさんな体験は、心に大きな傷を残した。物音や暗がりにおびえ、2年以上たった今でも時々急に頭が真っ白になったり、記憶が断片的になったりする。

 それでも、つらい気持ちとも向き合って証言していくと決めた。「ロシアの戦争犯罪を世界が知って、罰するべきだ。そのためには、僕が頑張らなくちゃ」。そう強く言い切った目は、少し潤んでいた。オレナさんは「深く傷ついた小さい体で、プーチン(大統領)という大きな敵に勇敢に立ち向かっている」と寄り添った。(キーウ 倉茂由美子)

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