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「釈放」と言われ数十m歩くと「そこまでだ」、撮影後に再び拘束…露軍プロパガンダ動画にウクライナ人利用

読売新聞 / 2024年8月22日 7時8分

ヤフポワさんの家で、ロシア軍が撮影したと思われるフェイク動画=7月3日、関口寛人撮影

 【キーウ=倉茂由美子】24日に2年半を迎えるロシアのウクライナ侵略では、侵略を正当化するためロシアが流布するプロパガンダや偽情報にロシア占領下のウクライナ人が協力を強いられている。露治安当局に拘束され、プロパガンダ動画に出演させられた女性が本紙に実態を証言した。

 この女性は、南部ザポリージャ州カミアンカ・ドニプロウスカの地元公務員だったオレナ・ヤフポワさん(51)。2022年10月に拘束され、警察署に連行された。その後、廃屋前で露国営通信の記者が向けるカメラに対し、「私はウクライナ人部隊に協力し、標的となる建物の位置情報を送った。彼らはそこに攻撃を命中させた」と虚偽の説明をさせられた。

 記者の隣で、露軍兵士が銃を向けていた。「指示通りに話せば家に帰す。さもなければ撃ち殺す」。兵士に脅され、記者の誘導的な質問に沿って回答させられた。翌日公開された映像では、記者の質問は全てカットされ、自発的に証言したように編集されたという。

 約束は守られなかった。帰宅は許されず、映像が証拠として扱われ、過激派を支援した罪で起訴された。5か月間の収容生活を経て解放されたヤフポワさんは、「ロシアのプロパガンダは、暴力による支配を利用したでっち上げだ」と語った。

 ウクライナ南部ザポリージャ州カミアンカ・ドニプロウスカで2022年10月、地元公務員だったオレナ・ヤフポワさん(51)は、自宅を突然訪れた露治安当局者と兵士に拘束された。ロシアのプロパガンダに協力させられる日々の始まりだった。

武器「発見」

 この地域は侵略直後から露軍が支配していた。「ウクライナ軍に協力する裏切り者を教えろ」。警察署での尋問では、頭にビニール袋を被せられて首を絞められ、頭部を殴られるなどの拷問を5時間にわたり受けた。翌日、自身の別荘に連行された。ウクライナ国旗1枚しか出てこなかった捜索が一通り終わると「テロリストのアジト」として仕立てるための撮影が始まった。

 軍用車2台で駆けつけた重装備の兵士が銃を構えて物々しく突入し、地下室には、あるはずのない対戦車ロケット弾やウクライナ兵のバッジなどが置かれ、あたかも捜索で発見したかのように演出された。劇的なBGMとともに編集された映像は後日、SNS上で拡散された。

「人道的」と報道

 約3か月後の23年1月中旬には、収容されていた刑務所から突然車で連れ出され、ウクライナ側との境に近い検問エリアに連行された。到着すると、露メディアの記者たちがカメラを構えて待機していた。

 「あなたたちを釈放する」。露当局の男は、ヤフポワさんら3人にこう告げてパスポートを手渡した。ウクライナ側へと歩くよう指示し、報道陣はその様子を撮影した。当局者はカメラの前で「ロシアの法を犯したウクライナ人を寛大に解放した。交通費まで持たせた」とコメントした。

 「やっと家に帰れる」。ヤフポワさんはそう期待して進んだが、数十メートル歩いたところで「そこまでだ」と制止され、車に連れ戻された。これもただの撮影だった。

 翌日、拘束したウクライナ人への人道的な対応として、露メディアが放送した。

多額予算

 ロシア国営テレビの番組や国防省のSNSなどでは、ウクライナ人捕虜が自国を批判する映像が頻繁に流れている。リトアニアの偽情報対策研究機関「デバンク」の分析によると、露政府は23年、プロパガンダを広めるための予算として、国営メディアなどに約16億ドル(約2300億円)を投じた。

 侵略初期に露国営テレビで反戦ポスターを掲げて国際的な注目を集めたマリーナ・オフシャンニコワさんは、露国営メディアはプーチン政権の「プロパガンダ工場」だと著書で断言している。政権にネガティブなニュースは報じないとの社内ルールもあったとも明かす。そればかりか、政権に有利な虚偽情報を客観的なニュースであるかのように広める役割すら担っている。

強制労働

 ヤフポワさんはプロパガンダへの加担を強制させられただけでなく、厳しい強制労働も経験した。23年1月中旬から約2か月過ごした収容所では、露軍が使う 塹壕 ざんごう掘りに従事させられ、午前6時から翌日午前4時まで掘り続けたこともあった。露軍兵士の食事の準備や掃除も強いられ、兵士2人から性的暴行を繰り返し受けたという。

 強制労働は、露軍や地元当局が人件費を着服するために行っていたとみられ、ヤフポワさんは同年3月、不正の発覚を機に解放された。体重は20キロ減っていた。

 今は、前線で戦う夫アルトゥールさん(51)の帰りを待ちながら、1人でキーウで暮らす。不眠や精神的に不安定な状態が続く中で、ロシアのSNSなどをチェックし、当時ヤフポワさんを暴行したとみられる男らを捜し出し、ウクライナの捜査機関に告発している。「人間の命や感情をもてあそんだやつらを、絶対に許さない」。ヤフポワさんの戦いは続いている。 (キーウ 倉茂由美子)

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