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「民主主義って本当は楽しい」「解散総選挙なら暮らしにつながるテーマの対話を」…東京大・宇野重規教授が語る政治の面白さ

読売新聞 / 2024年8月23日 16時0分

「政治不信をなくす一歩として岸田首相が退陣表明した自民党の総裁選では、選挙の顔づくりではなく、本当に党改革ができる人を選べるかが問われる。派閥解消にふさわしい清新な選び方ができるかにも注目したい」と語る宇野さん

 世界的な選挙イヤーの今年、大きな変化が起きている。英国では14年ぶりに政権交代し、米国では現職のバイデン氏が大統領選から撤退した。そして、日本では岸田首相が自民党総裁選に不出馬を表明し、来月の総裁選は 混沌 こんとんとしている。現職の相次ぐ退陣で政治に新しい風は吹くのか。民主主義研究で知られる東京大学の宇野重規教授(57)に聞いた。

繋がり失われ根なし草

 ――目まぐるしい政治の動きです。7月前半に取材を申し込んだ時、米大統領選は、高齢不安の現職と刑事被告人になった前大統領トランプ氏の一騎打ちの構図でした。

宇野 大国でなぜ、この2人しか候補者がいないのか。日本でもなかなか清新な政治家が登場せず、民主主義は大丈夫かがテーマでしたね。

 ――それが直後にトランプ氏銃撃事件が起き、バイデン大統領は不出馬を表明、一気に情勢が変わった。バイデン氏の後継になったハリス副大統領は女性でかつ黒人、アジア系で、「米国の多様性を体現する存在」とされ、一気に株があがっていますね。

宇野 とはいえ、ハリス氏は民主党内ですら評価が定まっていません。時の人になったのは急場をしのぐつもりが意外にもうまくいったからで、今の人気は「ハネムーン効果」。まだ2か月以上ある選挙戦で人柄からピンチ時の対応力、ユーモアのセンスまで色々試される。真の実力が問われるのはこれからです。

 候補者難の背景には政党の機能不全があります。支持基盤である組織が融解し、政党の顔としてふさわしい候補者を育てる能力、有権者に売り込むプロモーション能力が失われているからです。

 ――政治不信から、首相が退陣表明した日本も同じ?

宇野 はい。今、自分の り所になる組織や団体に所属する人がどれくらいいるでしょう。人との つながりが失われ、人々は根なし草のようです。それが政治への無関心を広げ、米国の一部では、選挙結果を認めないという民主制への憎悪まで生んでいる。

 ――宇野さんが研究する仏の政治思想家トクヴィル(1805~59年)は『アメリカのデモクラシー』で、代議制より、自分たちでやれることは自分たちで決め、責任をとる自治の精神を重視しました。彼が今の日本を見たら……。

宇野 民主主義はないと言うかもしれません。地域組織は崩壊寸前。労組加入率も低く、盛んだった小学校の学区単位の活動も衰えている。

非正規の波

 ――外で遊ぶ子どもの声がうるさいとされる時代です。

宇野 結婚し、子を持つ家庭は勝ち組として反感の対象にすらなる。しかも、どの組織でも非正規の比率が高くなり、帰属意識が低い。これは東大などの大学も同じです。

 「あなたの声で社会を変えよう」と言われ、何年かに1度投票しても、選挙が終われば忘れられる。それでは民主主義に失望するはずです。

 ――読売新聞の7月の世論調査では無党派層が54%と半数以上になっています。

宇野 しがらみのない社会こそ個人の自由と思われてきたのに、気がついてみたら社会から孤立した人ばかり。

 ――隠岐諸島の島根県 海士 あま町のように、役場を中心に地域の総力戦で活性化を成功させた例もありますが……。

宇野 よく地方自治業界では「横展開」という言葉を使うんです。

 ――初耳です。

宇野 成功例を表彰し、それを 真似 まねたら自治が発展するという考えですが、なかなか横展開しないんですよ。先進自治体を真似ると、今まで頑張っていなかったみたいに思われる。しかも同じことをして失敗したら、ダメの 烙印 らくいんを押され、不愉快になる。横展開は簡単ではありません。

 ――どうしたらよいのか。

異なる人が共に暮らす

宇野 こうすればうまくいくという正解があるなら、哲人などに政治を任せればいいわけですが、世界には唯一の正解などありません。そうした中で何かを始めるには、自分とは意見の違う人や気にくわない人とも一緒に社会をつくっていくしかない。議論には時間がかかり、意見が通らないことも多い。それでも、なんか意思疎通できたと思える瞬間があれば社会の一員と自覚できる。

 ――対話で思わぬアイデアが生まれることもあります。

宇野 このように互いに異なる人たちが共に暮らすために発展してきたのが民主主義です。ただ、人との接触を怖がる若者が目につきます。面倒くさいことを言われ、ハラスメントされ、マウントされる……。そうして傷つき、過剰に防衛的になっているのでしょう。

 だからこそ大人は、異なる人と生きる民主主義は面倒だけど、本当は楽しいというメッセージを、声を大にして発する必要がある。

 ――でも、肝心の政治家が楽しそうにみえない。「記憶にありません」ととぼける姿、相手を論破するドヤ顔……。

 若者や無党派層の政治参加を増やす方法はありますか。

宇野 都知事選初挑戦で15万票を集めた安野貴博氏が、デジタル技術を使って有権者の声を公約に反映させた試みには注目しました。市民が政治に関わるチャンネルを増やす実験は面白いと思います。

排除の論理

 ――交流サイト(SNS)を駆使した石丸伸二氏の躍進はニュースになりました。

宇野 若者や無党派層を突き動かすのはもはや組織への忠誠心や利益ではなく、「推し」「好き」といった感覚になったことを石丸現象は示したと思う。政党が時間をかけて政策を有権者に浸透させられなかった一方で、限られた選挙期間に短く編集した動画で票を掘り起こした石丸氏の戦略は一定程度成功した。

 ただ、好きって怖い。嫌いを排除する論理に発展する可能性もありますから。

 ――二項対立、社会の分断を生み出しかねませんね。

宇野 石丸氏を支持した若い人からみれば、新聞も大学も旧来の知的権威で、「上から目線」の存在だと思われているでしょうが、ここはしっかり言わないといけない。

 自分と違うものが好きな人への理解も深めよう。自分が好きと思っていることが本当にいいものなのか、データやきちんとした情報をもとに検証しよう、と。

 ――うっとうしいと思われても?

宇野 そうです(笑)。要するにアカデミズムも新聞もコツコツコツコツお金をかけて人を育て、データ、資料を集め、取材し、ようやく意味のある情報を作っているのに、それを単に面白い、面白くない、好き嫌いで切り取られ、あとは捨てられてしまっては社会は持たないですよ。

 そもそもネットで調べた情報は簡単に忘れられてしまう。覚えているのは、ちゃんと対話したり、調査研究したり、コストをかけた情報です。

 ――楽しく対話を深める方法があったらいいですね。

宇野 あまり難しく考えない方がよいかもしれません。私自身この数年、論壇関係の学者数人らと毎月3時間ほど政治、経済の議論をしていますが、なかなか み合わず、意見がぶつかることもあった。それがある時、ジャニーズ問題を話題にしたら意外な人に一家言があったり、思わぬ発言もあったりで、とても対話が弾み、議論が深まった。

 ――なるほど!

宇野 それと来月の自民党総裁選や立憲民主党代表選を経て、解散総選挙になった場合を前提にいうと、災害対策や高齢化に伴う空き家、離島の問題など、暮らしにつながるテーマについて、地に足のついた対話は欲しい。

 安全保障や経済政策は重要ですが、こうした論点で折り合うのはなかなか難しい。空中戦でお互いにレッテルを貼りあい、瞬間風速的に人気を集めた人が一気に勝ちを収めるような政治を繰り返していては、根本的な課題はどんどん先送りされてしまう。

 ――災害の多いイタリアで、地震発生直後にキッチンカーや簡易ベッドのある大型テントが用意されたとの報道をみて、驚きました。日本にはまだまだやるべきことが多い。

宇野 国頼みではなく、やれることは自分たちでやる。それがデモクラシーです。

うの・しげき 1967年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学社会科学研究所所長。専門は政治思想史・政治哲学。著書に『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(サントリー学芸賞)、『民主主義とは何か』、『未来をはじめる 「人と一緒にいること」の政治学』、『実験の民主主義』など多数。

 経済界や労働界、学識経験者ら有志でつくる「令和国民会議」(令和臨調)では第3部会「国土構想」の主査を担当している。

(読売新聞夕刊「鵜飼哲夫編集委員の ああ言えばこう聞く」から転載)

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