海外協力隊とパラとの絆、柔道指導したインド選手が初出場「よく成長してくれた」

　パリ・パラリンピックに、国際協力機構（ＪＩＣＡ）の海外協力隊員から柔道の指導を受けたインドの視覚障害者選手が初出場する。２年間にわたり基礎から教え込んだ長尾宗馬さん（２７）は、「自分の柔道を貫いて、金メダルを取ってほしい」と活躍を願っている。（塚本康平、波多江一郎）

日本に「出稽古」

　７月中旬、摂南大学（大阪府寝屋川市）の柔道場で、柔道部員に交じり、パリ大会出場を控えた男子６０キロ級のカピル・パーマー選手（２４）と、女子４８キロ級のコキーラ・コキーラ選手（２０）が稽古に汗を流していた。

　パリ大会に向け、健常の日本人選手の胸を借りようと、摂南大ＯＢで海外協力隊員の長尾さんがインドから連れてきた。長尾さんも両選手と組み合いながら、ヒンディー語で、背負い投げへの入り方を繰り返し説明した。稽古後、「得意技の精度も上がり、自信もつけているようだ」と手応えを語った。

子供たちの熱意

　兵庫県三田市出身の長尾さんは、小学５年から柔道を始めた。大阪・履正社高校時代には府大会で３位に入り、摂南大では柔道部主将を務めた。

　大学３年生だった２０１８年夏、柔道部の横山喬之監督の勧めで、政府が民間と連携して取り組む国際貢献事業「スポーツ・フォー・トゥモロー」に申し込み、インドのデリーとムンバイで約２週間、子供たちを相手に柔道を指導した。

　インドで柔道は、空手やテコンドーと勘違いされるほどマイナーなスポーツだ。専用の柔道場は少なく、畳の代わりにマットを敷いて指導したこともある。

　しかし、子供たちから熱心に「組み手争いはどうすればいい？」「得意技を教えてほしい」と質問攻めにあううちに、基礎からじっくり教えたいとの思いが芽生えた。帰国後まもなく、かねて興味を持っていた海外協力隊員に応募し、合格。視覚障害者柔道の指導のため、インドに派遣されることが決まり、大学卒業後の２２年３月、インド北部の都市ラクナウに渡った。

触らせて実演

　現地でパラ代表チームの指導を任されたが、ヒンディー語をろくに話せず、目の不自由な選手への指導は困難を極めた。ともに練習に参加していた健常者に技を見せ、代わりに選手たちに説明してもらうなどして、少しずつ教えた。

　代表チームに、パーマー選手とコキーラ選手がいた。パーマー選手は上背があり、コキーラ選手は比較的技術もあった。しかし、「パラ出場は難しそうだな」というのが第一印象だった。

　礼儀や柔道着のたたみ方から、相手のバランスの崩し方や足運びなどの基本動作まで、実演しながら手で触らせて学ばせた。次第に払い腰や内股など高度な技も覚えるようになった。

　すると、結果はすぐに表れた。２２年１２月の東京国際オープントーナメントで、パーマー選手が優勝。コキーラ選手も、東京パラ女子５２キロ級に出場した藤原由衣選手に敗れたが、準優勝した。その後の大会でも快進撃を続け、パーマー選手は世界ランキング１位と金メダルの有力候補となった。

　長尾さんについて、パーマー選手は「インド人コーチが教えてくれないポイントをうまく指導してくれる」と話し、コキーラ選手も「連続攻撃で相手にプレッシャーを与える大切さを教わった」と感謝を口にする。

　「パラリンピックに出られるなんて想像もしていなかった。よく成長してくれた」。長尾さんは、パリで教え子たちの活躍を見届けるつもりだ。

スポーツ分野　９０か国４９００人

　途上国の技術支援や人材育成を目的に各国へ派遣される海外協力隊は、スポーツ指導・支援にも力を入れている。

　スポーツ分野では、１９６５年の発足以来、９０か国に約４９００人の隊員が派遣され、野球や柔道、バレーボールなどを指導。隊員の指導を受け、五輪・パラリンピックに出場した選手は２０２１年東京大会までに延べ約１００人を数え、パリ・パラリンピックには８人が出場する予定だ。

　福井市の岩堀 睦宗 （ともかず）さん（２９）は昨年１２月まで、アフリカのマダガスカルで柔道を指導した。視覚障害の教え子はパリ大会出場を逃したが、岩堀さんは「指導を通じて、パラへの関心が高まった」と話す。

　ＪＩＣＡの勝又晋専任参事は「障害者にスポーツの機会を提供することは、生きがいとなり、社会参画の促進につながる」と意義を強調する。