「ハリスVSトランプ」米大統領選「経済政策」比較...どちらが勝つと世界と日本にプラス? 最悪シナリオは米国債のデフォルト(2)/第一生命経済研究所・前田和馬さん
J-CASTニュース / 2024年8月30日 20時11分
ドナルド・トランプ氏がウィスコンシン州で集会(写真:USA TODAY Network/アフロ)
民主党のカマラ・ハリス副大統領と、共和党のドナルド・トランプ前大統領が激突する米大統領選挙。世論調査では僅差でハリス氏がリードしていると伝えられるが、予断を許さない情勢だ。
2人の経済政策はどう違うのか。どちらが大統領になったほうが、世界経済や日本経済にとってプラスなのか、あるいはマイナスになるのか。
米大統領選挙を経済面からウォッチし続けている第一生命経済研究所のエコノミスト前田和馬さんに話を聞いた。
不法移民を強制送還できない「3つの壁」
<「ハリスVSトランプ」米大統領選「経済政策」比較...どちらが勝つと世界と日本にプラス? 最悪シナリオは米国債のデフォルト(1)/第一生命経済研究所・前田和馬さん>の続きです。
――移民政策の違いはいかがでしょうか。トランプ氏は、在外米軍を帰国させてメキシコ国境に配備し、米国内に約1000万人いるといわれる不法滞在移民を本国に強制送還する、と主張していますが。
前田和馬さん これも関税の問題と同様、本人がどこまで本気で思っているのかと、本当に実現できるのかというポイントが大切です。そもそも移民の減少はインフレを加速させますから、トランプ氏の主張をそのまま鵜呑みにすることはできません。
移民が少なくなると、飲食店や小売店、ホテルなどの接客業の人手がひっ迫して、人件費があがります。コスト増につながり、物価が上昇します。「インフレを抑える」というトランプ氏の政策に逆行するわけで、ここでもちぐはぐさが目立ちます。
――つまり、米国で移民が減ると、じつは経済的に困るわけですね。
前田和馬さん もう1つ、移民を強制送還するには「3つの壁」があります。
第1は、「議会の壁」。移民を強制送還するとなると輸送のためのお金がかかりますが、それには予算を作成する議会の承認が必要です。トランプ氏の意向だけでは予算を組めません。
第2は「司法の壁」。不法移民とはいえ、米国に在留している人には人権があります。いきなり強制的にバスに乗せて、母国に送り返すという非人道的なことはできません。移民を支援する民主党系の団体などが訴えを起こせば、裁判所はこうした取り組みを差し止めるでしょう。
3つ目は「地方自治の壁」です。移民の摘発と拘束には現地警察の協力が必要不可欠ですが、ニューヨークやシカゴといったリベラルな都市は移民摘発には非協力的です。軍隊を使うという考えもありますが、原則的に米軍は国内問題(法執行)に関与できません。
実際、トランプ氏は16年選挙で勝利した後に「300万人の強制送還」を掲げたものの、ほとんど実現できませんでした。こう考えると、「米国の大統領は世界最高の権力者」と呼ばれますが、できることは意外に少ないのです。
――なるほど。しかし、移民問題はハリス氏にとってはアキレス腱ですね。
前田和馬さん そのとおりです。メキシコ国境沿いからの不法移民流入は米国では社会問題と化しており、国境対策は民主・共和を問わず、喫緊の課題です。また、ハリス氏はバイデン政権の移民担当責任者です。
米国民が大統領選に寄せる関心の高さの1位は経済・物価問題、そして2位が移民問題です。トランプ氏はバイデン政権の移民政策の甘さが大量の不法移民を増やしたとして、批判の矛先をハリス氏に向けています。
「合法的な移民を増やすべきか」という点において、ハリス氏は「増やすべき」、トランプ氏は「減らすべき」との違いがあります。
ただ、「不法に入国してくる移民を取り締まる」という点では、ハリス氏もトランプ氏も同じスタンスです。今年6月、バイデン大統領は「不法入国者が一定数を超えた場合、亡命申請を受け入れずメキシコなどに強制送還する」という大統領令を出しました。この効果もあり、不法入国者は減少の兆しを示しています。おそらく、こうした政策スタンスは引き継がれるでしょう。
「気候変動はウソっぱち」という共和党議員と支持者
――トランプ氏とハリス氏とでは、環境問題の政策に大きな違いがありますね。トランプ氏はパリ協定から脱退すると主張、石油や石炭などの化石燃料の生産を加速すると宣言しています。
一方、ハリス氏は、過去の発言では気候変動対策に取り組んでいるバイデン大統領以上に環境問題に積極的と言われていますが。
前田和馬さん トランプ氏は「原油を掘りまくって、ガソリン価格を下げること」をアピールしています。一部の共和党議員や支持者は気候変動問題をウソっぱちだと考えているうえ、ガソリンが安くなることはクルマ社会の米国民にとって非常に嬉しいことです。
注目されるのはロシア・ウクライナの戦争の動向です。トランプ氏は「電話一本で戦争をやめさせる」と言っており、仮に停戦となりロシアに対する欧米の経済制裁が緩和されれば、先進諸国の原油調達環境は改善するでしょう。ロシアは世界の原油生産の1割を占めていますが、現在は欧米に売れないので中国やインドに割安に販売しています。欧米諸国が原油を割安に仕入れられれば、先進国経済にはプラスになります。しかし、本当に戦争をやめさせられるのか、その道筋は非常に不確かです。
――しかし、原油価格が下がってもパリ協定から離脱されては、困りますよね。
前田和馬さん 2016年にトランプ氏が離脱、20年にバイデン氏が復帰、そして24年に再離脱となれば、4年毎にコロコロ政府の方針が変わることになります。企業は気候変動対策を今後10~20年のスパンで考えていますので、今後何を信じて計画を立てればよいのか、非常に混乱すると思います。
どちらがプラス? 1年目はトランプ氏、2年目以降はハリス氏
――例によって、トランプ氏の話は、不確実性の話ばかりですね。ところで、ズバリ、トランプ氏とハリス氏ではどちらが大統領になったほうが、世界経済や日本経済にはプラス、あるいはマイナスになるのでしょうか。
前田和馬さん トランプ氏がなったほうが、最初の1年はプラスだと思います。トランプ氏が最初に取り組むのは大幅な減税と思われます。米国経済を取り巻く環境が大きく変わらないのであれば、企業活動が活発になり、消費が拡大するでしょう。これは米国株にプラスです。米国経済や米国株の好調さは世界に波及しますから、日本株にも好材料でしょう。
2016年も、当選前はトランプ氏のリスクの話ばかりが多かったですが、結果的には減税への期待から当選後に「トランプラリー」が起こりました。
――めでたし、めでたしということになるのでしょうか。
前田和馬さん ただし、2年目からはハリス氏のほうがよかったということになるかもしれません。「関税引き上げ」問題が出てきて、世界経済が混乱に陥るリスクがあるからです。輸出に頼る企業が多い日本経済にとってマイナスです。
また、トランプ氏の強引な移民政策も、もし実現できたとしたらの話ですが、さきほど述べたようにインフレを加速させる要因となり、2年目以降は経済を下押しする要因になるでしょう。
トランプ氏の場合、とにかく先が読めないのは特徴です。減税もねじれ議会となる場合には実現性が怪しくなります。トランプ氏の気持ち次第で、政策の方向性が大きく変わる方向性も否定できません。為替の状況でもトランプ氏は振れ幅が大きくなるでしょう。
――それは、どういう理由ですか。
前田和馬さん トランプ氏は、米国の製造業保護のために盛んに「ドル安・円高」にすると言っています。しかし、関税を引き上げれば米国の輸入量が減るため、ドルから外貨への需要が減り、ドル高要因となります。また、関税や移民制限でインフレが再燃した場合、ドル高になったほうがインフレは収まりやすくなります。
為替問題をとってみても、トランプ氏の経済政策はちぐはぐです。
ズバリ、トランプ氏が6割の確率で勝つと思う理由
――となると、日本経済にとってはハリス氏のほうが安心ということになりそうですが、前田さんはズバリ、どちらが勝つと思いますか。
前田和馬さん 9月のテレビ討論会や株価を含む経済動向など、まだまだ読めない点が多く、接戦が予想されます。ただ、現時点ではトランプ氏有利とみています。勝率としてはトランプ氏6割、ハリス氏4割くらいでしょうか。
たしかに現在、ハリス氏に勢いが感じられますが、それはテレビ討論で衰えの見えたバイデン氏撤退からの期待感が強いからでしょう。これからはハリス氏の大統領としての資質が問われます。
ハリス氏はバイデン政権の経済政策の負の資産を引き継いでいます。米国民はトランプ氏が勝利した方が経済的によくなると思っており、ハリス氏はこうした不安を跳ね返さないといけません。
結局、「どちらの候補が私たちの生活をよくしてくれるのか」という問題は、投票先を決めるうえで重要と思います。
――しかし、世論調査ではハリス氏のほうが若干リードしていますよ。
前田和馬さん 数%は誤差の範囲です。トランプ氏の熱狂的支持者はメディア嫌いが多く、世論調査に協力しない「隠れトランプ」がいるといわれます。過去2回の選挙においても、トランプ氏は一部で事前予想よりも多くの票を取るなどの伸びを示しました。
マスク氏とトランプ氏、「くせ者」同士が手を組む真意
――ところで、トランプ氏は「スペースX」や「テスラ」のCEOのイーロン・マスク氏を重要なポストに起用すると発言、マスク氏本人も乗り気になっていますが、この2人の動きをどう見ますか。
前田和馬さん トランプ氏と同様、マスク氏の本心が読めないですね(笑)。マスク氏は過去2回の大統領選では、ヒラリー・クリントン氏、バイデン氏と民主党候補を支持してきました。それがなぜ、共和党支持へ鞍替えをしたのか。
マスク氏は12人の子どもがいる子だくさんパパとして知られますが、息子の1人は女性への性転換を行い、法的に女性として生活していると報道されています。
この時の経緯を含めてマスク氏は民主党のトランスジェンダー政策に不満を示しており、今年、スペースXとX(旧ツイッター)の本社をリベラルなカリフォルニア州からテキサス州に移すと宣言しました。なお、すでに2021年にはテスラの本社をテキサスに移しています。
――つまり、マスク氏は民主党が進めているジェンダー政策に反発したということですか。
前田和馬さん 不満があるのは確かなようですが、それが決定的要因なのかはよくわかりません。「スペースX」は宇宙関連事業ですから、政府との強い関係はビジネス上有利に働きます。あるいは、トランプ氏の反電気自動車(EV)の政策スタンスは「テスラ」に影響が大きいため、トランプ氏を内部から動かしたいという狙いがあるのかもしれません。
また、ハリス氏の民主党はAI開発に「さらなる規制をかけようとしていますが、トランプ氏はイノベーションを起こすために規制緩和を進める考えです。マスク氏はAI開発のルール作りに関与したい思惑があるとも考えられます。
しかし、2人は非常に「くせ」が強い者同士ですから、本当にうまくやっていけるのかはよくわかりません。マスク氏はトランプ前政権時にもアドバイザーを務めていましたが、1年を経たずに辞任しています。
最悪シナリオは、トランプ氏敗北による米国債のデフォルト
――なるほど。最後に強調しておきたいことがありますか。
前田和馬さん 今後、予想もされないイベントが起こるのでは、と懸念しています。
米国議会では、これまで考えられなかった異様な事態が起こっています。民主、共和の対立が先鋭化しているだけでなく、両党の内部対立も目立っています。昨年(2023年)10月、共和党内の保守強硬派8人の造反によって共和党の下院議長が解任されるという、史上初めての出来事がありました。また、2021年1月には一部のトランプ支持者が連邦議会に乱入し、警察官を含む5人が亡くなったほか、1000人以上が逮捕されました。
米国の政党は日本の政党と違って党議拘束がなく、所属政党が推す政策案に造反する議員も少なくありません。ごく一部の過激な考えを持つ議員によって議会運営がかき回されることもあり、現会期では成立した法案数が非常に少ないです。共和党内にもトランプ氏に批判的な穏健派がいるため、彼らが力を取り戻すと、議会運営も多少円滑化するかもしれません。
私が最も危惧していることは、仮にハリス氏が勝ったとしても、トランプ氏が「負け」を認めないことです。
――すると、どうなるでしょうか。
前田和馬さん トランプ氏は今年6月に実施されたバイデン氏とのテレビ討論において、司会者から「選挙に負けたら、結果を認めるか」と聞かれた際、「公正な選挙であれば、受け入れる」と回答しました。前回同様、「不正な選挙が行われた」と主張する可能性は高いでしょう。
米国には債務上限問題というのがあり、この関連法案が失効すると利払いのための新たな資金調達ができなくなります。現在の法案は来年1月に期限を迎えるため、この際に政治が大きく混乱していると、米国債のデフォルトが現実味を帯びてきます。実現性は非常に低いですが、米国債のデフォルト(債務不履行)が生じると、世界経済は大混乱に陥るでしょう。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
前田 和馬(まえだ・かずま)
第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミスト(担当:米国経済、世界経済、経済構造分析)
2013年慶應義塾大学経済学部卒、2023年カナダ・ブリティッシュコロンビア大学経済学修士課程修了。
大和総研にて経営コンサルタント及びエコノミスト、バークレイズ証券でエコノミストを経て、2023年8月より現職。
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