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西山繭子さん 「他所者」家族の絆 描いた父

読売新聞 / 2024年9月6日 15時15分

 女優で作家の西山繭子さん(46)は、昨年11月に73歳で亡くなった作家、伊集院静さんの最初の妻の次女です。自身が生まれる前に、無頼派と呼ばれた父は家を出て、初めて会ったのは13歳のときでした。「普通」の親子とは少し違う形の深い絆で結ばれた娘と父、大切な本をめぐる物語をお届けします。

『海峡』伊集院静著(新潮文庫) 825円

闘病生活支える

 「悲しみに暮れる時間は、まだあまりありません。父の事務所の仕事を手伝っていたので、今も国語の問題集に使いたいという許諾書にサインをしたり、メールの対応をしたり。自分の仕事もあるので、なかなか忙しくて」

 『受け月』『機関車先生』など数々の小説や、エッセー『大人の流儀』シリーズで人気だった伊集院さんが、くも膜下出血で倒れたのは2020年1月、69歳のときだった。

 手術が成功し、一度は奇跡的に復活した。だが体調に不安を抱える父を見て、22年夏から事務所を手伝い始めた。

 病み上がりの父が強く望んだのは、小説を書くことだった。「エッセーは連載しても、小説を書けていなかった。その焦りは、そばで見ていて感じました。ただ目が悪くなってしまい、資料を読むのもつらそうでした」と話す。

 昨年10月に肝内胆管がんの診断を受け、執筆をやめて闘病生活に入った。病室を訪ねる娘を気遣い、よく「申し訳ないね」と言ったという。

少年の成長物語

 「父は亡くなっても、今も作品は生きています。小説が読まれてほしい」

 自身の心に残る本に、伊集院さんの故郷の瀬戸内の海辺の町、山口県防府市をモデルとした『海峡』3部作を挙げる。朝鮮半島にルーツを持ち、土木工事や飲食店、旅館などで働く人々が寄り添って暮らす「高木の家」の長男に生まれた少年、英雄の成長を描く大河小説だ。

 「登場人物がみんな必死に生きている。『人は死んでしもうたらそれでおしまいじゃ』と、英雄の父が言う場面があります。結束力が強く、そのエネルギーにひかれます」

 荒々しい父、全てを包み込む母。台湾出身のリンさんや10人以上子どもを産んだサキ ばあさん。数多くの人間に囲まれて英雄は育つ。淡い恋、大切な教師との出会い、様々な経験を重ね、野球に打ち込む。「小説もエッセーも、父は自分がこうありたいと思うものを書いていた気がします。英雄の真っすぐな青春は、自分のことをベースにしながら、理想像でもあったのではないでしょうか」

 「『大人の流儀』シリーズで一人を味わうとか、書いているでしょう。でも私、あんなに一人で生きられない人を見たことがないです」と笑う。

 事務所の片づけをしていて、この作品の創作メモが残っているのを見つけた。 (ごう) (ほう) (らい) (らく)なイメージのある作家は、実はこの長編を書くにあたり () (みつ)に構成を組み立て、準備をしていたことも改めて知った。

自分のルーツ 空白埋める

 一方で、父の小説をまだ、一般読者と同じように純粋には味わえないという。「父や一族のことをあまり知らないので、どうしても自分のルーツについて、分からないピースを読みながら、埋めているところがあります」と語る。

 「 () () (もの)」という言葉が、『海峡』には出てくる。昭和の瀬戸内の小さな町で、朝鮮半島から渡ってきた一家は異物のような存在でもあった。伊集院さんも在日2世として育った。母とつき合っていた頃は、帰化する前で外国人登録証を持ち歩いていたと聞いたことがある。

 「大変だっただろうし、みんな強くなくてはいけなかった。もっと考えなくてはと思うことがあるんです」

 今年5月、香港を旅した。父と初めて訪ねた海外だった。立ち並ぶビルから明かりが漏れている姿を眺めていた。

 <あの あかりひとつひとつの下に、人が生きている>

 旅先で語った父の言葉が不意によぎった。久しぶりに読み返した3部作の一節の中にもあった。(待田晋哉)

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