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四肢欠損でフェンシングのメダリストかつモデル…「超人」の活躍、パラの魅力[太田雄貴さん]

読売新聞 / 2024年9月3日 6時28分

太田雄貴氏

フェンシング五輪銀メダリスト 太田雄貴さん 38

 五輪を現地で観戦し、帰国した。日本ではメダルを獲得するなど活躍した選手やその競技がテレビや新聞、インターネットなどで連日、数多く紹介されている。

 結果を出した選手が世間の話題となって取り上げられるのは良いことだと思う。フェンシングで言うとメダリストへの報奨金のニュースもあった。五輪での活躍に価値を感じている人が多くなることは元アスリートとしてもうれしいことだ。フェンシングの代表選手は、例えば九州や北陸などいろいろな地域からの出身者が多く、それぞれ地元での報告会やイベントのことなども多く伝えられていると聞いている。全国各地が盛り上がり、そこから若い世代の育成・普及など本当にそのスポーツにとって必要なことにつながっていけばいい。

 パラリンピックも始まった。五輪に比べてメディアへの露出量が少ないが、それがイコール競技のもたらす価値の大小ととらえてはいけない。僕自身、多くのパラ競技やアスリートに関心があるが、障害のある選手が試合で見せるパフォーマンスはまさに「超人」と言えるかもしれない。そういった側面がパラの魅力として伝わるようになるのも良いと思う。

 注目している一人が今やパラスポーツ全体の「顔」にもなっている車いすフェンシング女子のベアトリーチェ・ビオ選手(イタリア)だ。四肢欠損で腕に剣を固定するようなスタイルで戦い、パラリンピックで複数のメダルを獲得している。そしてただ強いだけでなくモデルなど多くの分野で活躍している。パリ・パラリンピックの開会式では聖火ランナーも務めた。彼女は自分の競技での活躍に、過去の自分の人生のストーリーを掛け合わせて表現することで世界中の多くの人に印象的なメッセージを届けている。ある種、今の時代の女性アスリートのアイコンになっていると思う。

 五輪ではパリで多くの競技会場を訪れることができた。有観客で熱気あふれる雰囲気を味わい、改めて五輪の価値の素晴らしさに触れることができたし、パラリンピックにもさらに興味が湧いている。私自身は選手でないが、今の立場でできること、例えばスポーツを通じた国際交流や世界の中で日本のスポーツのしっかりとした立ち位置を作るような仕事をしたい。

おおた・ゆうき 1985年生まれ。2008年北京五輪フェンシング男子フルーレ個人で日本人初の銀メダル、12年ロンドン五輪で団体銀を獲得した。15年世界選手権の男子フルーレ個人で優勝。17~21年には日本フェンシング協会会長を務めた。

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