王貞治選手の７５６号本塁打、偉大な世界記録と人柄に敬意と拍手

鈴木康二朗（手前）から通算７５６号を放った王貞治（１９７７年９月３日、後楽園球場）

　米大リーグでの大谷翔平選手の活躍で、ホームランに注目が集まっています。４７年前の１９７７年９月３日、巨人の王貞治選手が７５６本目の本塁打を放ち、世界記録を樹立しました。読売新聞朝刊の投書欄「気流」から、記者の心に刺さった投書を紹介する「ササる投書」、今回のテーマは「王貞治」です。（※投稿者の年齢や職業などは掲載当時。紙面では実名で掲載）

歴史的瞬間、目の前で

　家族で夏休みの一夜、後楽園球場に巨人戦を見に行くことになっていた。ところが、幸か不幸か８月１９日は雨で中止。妻が払い戻しに行き、９月３日の分と引き換えてきた。これじゃ、世界新が出た後になるなあと、遅い日の分と引き換えてきた妻に苦情をいった。

　王は世界新に向かって本塁打を着実に打ち続けていた。タイ記録が出たのは８月３１日だった。こうなるとわれわれが見に行く日まで、王選手よ本塁打は打たないでと願った。１日も２日も不発だった。ホッとの胸をなでおろす。こうなれば３日は間違いなし。２打席目と私は予想を立てた。

　勤めを早引けし後楽園球場へ向かう。６時前に入場したが、一般席は子供たちで通路までいっぱい。家族を探そうにもどうにも動きがとれず、左翼ポール際で観戦。少年たちの黄色い声援がものすごい。

　果たせるかな巨人は速攻でリード。そして三回裏、ついにフルカウントになった。そしてフルスイング。ライナー性のボールは右翼席に、向かい風をモノともせずに打ち込まれた。あっという瞬間だった。

　内外野総立ちで、観衆の目はダイヤモンドを悠然と一周する王に集中される。耳をつんざくような声援がなりやまぬ。テレビでみるとか、ラジオできくとか対照の比ではない。いかに名アナが実況しようと、この臨場感は伝わらない。球場にいる者だけ知る興奮と感動がうずまく。

　試合終了後、すべての照明が消され、ピッチャーズマウンドに王選手がスポットライトを浴びて浮かぶ。目頭が熱くなる。今年、私のたった一度のプロ野球観戦が、日本中の野球ファンが、いや世界が注目する、王選手の記念すべき一発の日であったことを喜ぶ。

　王選手、ほんとにおめでとう。（４１歳・会社員＝東京都、１９７７年９月６日掲載）

子供たちに夢与えてくれた

　遊びから帰ってきた小３の息子が、開口一番、「お母さん。王選手は、自分に勝ったんだって。苦しい時も途中でやめないでがんばったから、あんなすばらしい記録を立てられたんだって」「そうよ。アメリカのプロ野球と力の差があるという人もいるけれど、７５６号のホームランというのは、とってもすごいことなのよ」。

　野球を見たり、することに夢中のわが息子が、王選手のホームラン人生から、子供なりに一つのことを感じ取った様子に、非常なうれしさを覚えた。そして無気力になりがちの現代っ子に、夢を与えてくれた王選手に拍手を送りたい。

　また、今回のことで、王選手の人柄もあれこれ知り、とくに１３年も、札幌の養護学校を訪問して、不幸な少年たちの支えになっていることも知り、あらためて敬意を覚えた。

　母親としても、ただ野球がうまく、ホームランをたくさん打つだけの人ではないという話をしてやることが出来、子供に希望を、人間とは？の問いかけをしてやることも出来た。この明るいニュースに、子供との連帯感さえわいたひとときだった。（３４歳・主婦＝神奈川県、１９７７年９月６日掲載）

担当記者から

　野球の華といえば大きなホームランですが、今夏の高校野球の甲子園大会では、「低反発バット」の影響もあり、豪快な一発を見る機会が減りました。盗塁などの機動力を駆使したスモールベースボールも面白いですが、大空に高々と上がるホームランの魅力はひと味違います。王さんの記録がいかに多くの人を魅了したか……現役時代を見ていない私でも、当時の投書からその偉大さが伝わります。最後に王さんの生き方をたたえた投書を紹介します。（田渕）

苦しみがあってこそ前進

　ある対談での王選手の言葉が大変印象的で、胸の痛む思いがしました。

　「よい事、楽しい事はすぐ忘れて振り返らないが、つらい事、苦しい事はいつまでも考えるし、振り返ってみる」と言い、「夜フトンに入ってうれしくてフフフ……と笑ってみたいが、性分で出来ない」とも言っていました。

　この苦しみがあってこそ前進があり、あの偉大な記録があるのだと、今さらながら王選手の立派さを感じました。また来年もがんばって下さい。（５３歳・主婦＝千葉県、１９７７年１２月２９日掲載）

　「ササる投書」を随時掲載します。次回もお楽しみに！