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日本の有機農業は広がるか…国の振興策「みどり戦略」開始から3年

読売新聞 / 2024年9月10日 10時0分

 農林水産省が、農薬や化学肥料に頼らない有機農業を増やそうと「みどりの食料システム戦略」を策定して3年がたった。今も耕地の99%超を占める従来型の農法は、気候変動や飼料・肥料・農薬価格の上昇といった困難にさらされている。有機農業は耕地面積0.7%とまだまだ少数派だが、変化を感じさせる明るい兆しもみられている。(デジタル編集部・長谷部耕二)

有機農業とは?

 有機農業推進法では、農薬や化学肥料、遺伝子組み換え技術を使用しないことを基本として、環境への負荷をできるだけ低減した農業と定義している。「有機」「オーガニック」と表示して農産物を販売するには、第三者機関の検査を経た有機JASの認証が必要。農場が農薬や化学肥料を2年以上使っていないことなどの基準がある。また、農薬や化学肥料の使用を半分以下に減らして栽培した農産物は「特別栽培農産物」と表示できる。

「有機」の需要はじわじわ増加

 1980年から、有機農法を実践している千葉県佐倉市の林農園を訪ねた。林重孝さん(70)は妻の初枝さん(68)らと2.4ヘクタールの畑で、野菜や豆類、果樹など、年間で約80品目を栽培している。無農薬栽培の畑にはアマガエル、クモ、カマキリなどが集まり、害虫を食べてくれる。また、作物と一緒に害虫が嫌う植物や病気を予防する植物を植えるなど、様々な技術を駆使している。

 林さんが有機農業を始めたきっかけは、当時の「出荷前にヤマトイモを漂白し、サツマイモをリン酸液で発色させる」手法に疑問を感じたからだった。今では近隣約120軒の消費者などに野菜を宅配販売するまでに。利用者からは「苦みやえぐみなど、野菜らしい味がする」「ニンジンや大根の葉も安心して食べられる」と好評を得ている。

 組合員約42万人を抱える生活クラブ事業連合生活協同組合連合会ビジョンフード推進部の河手倫太郎課長によると、無農薬・減農薬の野菜や果物の販売金額は、ここ5~6年ほどで2割ほど増加したという。会員向けに有機・減農薬野菜や無添加食品などの宅配を行う「大地を守る会」(会員約3万5000人)、「らでぃっしゅぼーや」(会員約7万人)を運営するオイシックス・ラ・大地の大熊拓夢コーポレートコミュニケーション部長も「長年愛用しているコア層もおり、長い目で見ると、会員数は増加傾向にある」と話す。

 林さんは「有機農業は変わり者がやることだと思われてきたが、45年かかって、ようやく時代が追いついてきた」と話す。

消費者ニーズ背景に、欧米では拡大傾向

 欧米では、有機農業が拡大傾向にある。農水省の資料によれば、全世界の有機食品の売り上げは2022年で約1419億ドル(約18.7兆円)。国別では、8兆円を超える米国を筆頭に、ドイツ(2兆円超)、中国(約1兆7100億円)、フランス(約1兆6600億円)などが続く。

 なぜ、欧米で有機農業が伸びているのか。恵泉女学園大学で長年、農業を通じた教育実践を続けてきた澤登早苗名誉教授によると、「子どもには安全な食べ物を与えたい」という消費者ニーズの高まりなどが背景にあるという。工業化された近代農業は生産力向上に寄与した一方、土壌の地力を低下させた。化学肥料や農薬の多用は、農場付近の鳥や両生類、昆虫などの生態系に悪影響を与え、農業用水や飲料水の水質汚染をもたらした。

 一方、林さんなどの取り組みはあるものの、今も従来型の農法が9割以上を占める日本。有機農法が広まらない背景には、高温多湿という日本の気候要因が大きい。河手課長は「病虫害などによって、収穫ゼロになるリスクもある。高齢化が進む中(20年調査で平均67.8歳)、草取りなどの手間をかけられない事情もあるようだ」と推測する。

 東京大学の鈴木宣弘特任教授(国際環境経済学)は「生産組合が作られるような大きな産地では、農薬散布や施肥のスケジュールが地域で決まっているため、そこから抜けづらい」と指摘する。

農水省「2050年までに有機農地100万ヘクタール」

 農水省は2021年5月、国内農林水産業の生産力向上と持続性の両立を目指し、「みどりの食料システム戦略」(「みどり戦略」)を策定した。内容は多岐に渡るが、注目は有機農業の大胆な数値目標を掲げたことだった。有機農地を50年までに全耕地面積の4分の1、100万ヘクタールまで拡大し、化学農薬の使用量を50%削減、化学肥料も30%減らすとした。長年、有機農業に否定的とみなされてきた同省にとっては、「一大変革」の画期的な出来事だった。

 鈴木特任教授は1982年に農水省に入っているが、その頃の省内の様子について、「『有機農業』というと、『奇人、変人、異端児』のように言われた。研究者でも農家でも、変な人たちがやっていることであるかのように思われていた」と振り返る。

 背景には海外の動向もあった。EUが2020年に策定した「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」では30年までに、農薬の使用半減と有機農地を耕作地の25パーセントまで拡大することを決め、米国も同年の「農業イノベーションアジェンダ」で、50年までに環境への負荷を半減させると決定していたからだ。

 地球温暖化で平均気温が上昇し、台風や豪雨も増加。作物の収量減少や品質低下が起きるようになった。さらにコロナ禍で世界の流通が滞り、食料・飼料・肥料を海外に頼る日本の現状が浮き彫りになった。ロシアによるウクライナ侵略では国際的に穀物価格が高騰。日本では急激な円安もあり、従来の「食料や飼料は外国から買えばいい」状況が一変した。持続可能な農業への転換が求められ、「みどり戦略」の重要性が増している。

市が買い取り価格を保障し、学校給食で消費

 「みどり戦略」が掲げる目標の達成は容易ではない。「有機農業を行う耕地100万ヘクタール」に対し、8月に発表された23年3月の有機農地は3万300ヘクタール、耕地全体の0.7パーセントに過ぎない。有機農産物は雑草や害虫の対策、栽培管理などに労力やコストがかかり、収量も上げにくい。澤登名誉教授は日本の流通システムにも課題を指摘する。「青果物の形や見栄えが優先され、有機農産物を作るコストや意義が価格に反映されにくい。環境保護や生物多様性に寄与する価値が消費者に見えにくく、『値段が高い』との悪いイメージも影響した」

 「一歩前進」を感じさせる明るい兆しもある。その一つが、学校給食の現場で有機栽培の米・野菜を消費する動きだ。自治体が公共調達で買い取ることで、農家は収入が保障され、生産意欲が高まる。子どもたちはおいしい給食が食べられる。鈴木特任教授は「地産地消も進められる。一石三鳥のシステムだ」と強く推している。

 無農薬米の給食を成功させた千葉県いすみ市の市立夷隅小学校(石橋由江校長)を訪れた。5年生38人が配膳中で、ご飯を大盛りにする食欲旺盛な子もいた。献立は、鶏肉の梅みそ焼き、のりの入った野菜サラダにワンタンスープで、みんな元気にご飯を平らげていた。児童に聞いてみると、大部分が「学校のお米はおいしい」と口をそろえた。

 同市では13年に農家の矢沢喜久雄さん(77)らが22アールの水田で有機米作りを始め、翌年無農薬栽培に成功。収穫した4トンの米について、矢沢さんらから「安全な米は子どもたちに食べてほしい」との意見が出て、給食への提供が始まった。

 市がJAと協議して、有機米60キログラムの購入価格で最低2万円を保障したこともあり、生産は順調に増加。17年秋には、週4日の米飯給食で使う米(42トン)をまかなえる生産量を達成した。生産は23年に143トンまで増え、生協などにも販売している。

 農水省によると、全国で学校給食に有機食品を利用しているのは、22年度末で193市町村。いすみ市農林課有機農業推進班の鮫田晋さんは「官公庁、地方自治体、公共施設の食堂や病院で有機米を使うこと」を提案している。「たとえば自衛隊の基地では毎日、大量の米を消費している。これを有機米に切り替えるだけで多くの農家の経営が安定する」と指摘する。

「生産から消費まで」地域ぐるみで

 ほかにも明るい話題がある。農水省の事業で全国的に伸びているのが、地域ぐるみで有機農業の生産から消費まで取り組むモデル地区「オーガニックビレッジ」だ。これを実施する市町村には3年間、国から計画作りや実践活動に最大2400万円の交付金が出る。

 有機米栽培技術をマニュアル化し、耕作面積の拡大を目指す(福井県越前町)、遊休農地で生産した有機米・有機野菜を給食に利用(長野県松川町)など、地域ごとの活動が展開されている。

 同省では25年までに100市町村に広げる計画だったが、今年8月までに45道府県、129市町村が参加を表明し、前倒しで目標を達成した。今後、200市町村への拡大を目指している。

 同省みどりの食料システム戦略グループによれば、25年度予算の概算要求では、有機農家を一元的に支援する「みどりトータルサポートチーム」の体制づくりや、有機農業に取り組む農家への交付金(10アールあたり)を2000円増額して、14000円にすることなどを盛り込んでいる。久保牧衣子グループ長は「日本は北海道から沖縄まで、気候も主力作物も異なるので、地域の実情に応じた多様な取り組みを推進したい。各地の事例集や技術カタログの作成にも力を入れている。まずは30年の有機農地の目標6.3万ヘクタールの達成に向けて頑張っていきたい」と前向きだ。

日本の農業が変わるために必要なこと

 日本農業が変わるためには、何が必要だろうか。鮫田さんは「米や野菜は安ければいい、という値段優先の消費者の意識を改革すること」、有機農家の林さんは「欧米のように農家への所得保障で経営を安定させること」を挙げる。鈴木特任教授は「食料は命の源。私たちの農と食と命を守るために、一般の人も日本の農政をきちんと注視していく必要がある」と話している。

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