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山中瑶子監督「ナミビアの砂漠」…見逃せない河合優実、安易な反感も共感も許さぬ鮮烈な人間観察映画

読売新聞 / 2024年9月6日 17時30分

カナ(河合優実、左)とハヤシ(金子大地)=(C)2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

 動物を映像で観察するのはおもしろい。その生態がどんなものであっても、まるごと受け止めて、発見を楽しみたくなる。ところが、人間といういきものに関しては、なかなかそうはいかない。どうしてもフラットに見られない……と思っていたが、山中瑶子監督・脚本、河合優実主演の「ナミビアの砂漠」は、有無を言わせず観客をぐいと引き込んでしまう。河合が演じる主人公のカナと、彼女が生きる世界をまるごと凝視せずにはいられなくなる、鮮烈な、生きている女の記録。そして描き出されるのは、まぎれもなく、私たちが生きる今だ。(編集委員 恩田泰子)

 カナ、21歳。冒頭、彼女は、某駅前の歩行者回廊の人波の間から浮き上がってくる。サイズの大きな長袖Tシャツで体の線はすっぽり隠れているが、手足の長さは一目瞭然。群れの中に埋没しない、生命力あふれるきれいないきものが現れた。そんな感じ。目を奪われる。そこからはもうくぎ付け。それは姿のせいだけではない。彼女のような主人公にスクリーンで出会うことは、まれなのだ。

 カナを見ていると、「えっ」と思うことだらけ。友だちの話を聞く時の気もそぞろな様子。相手や場所によってがらりと変わる態度。いま夢中になっている男ハヤシ(金子大地)とのデートを楽しんだ後、至れり尽くせりの男ホンダ(寛一郎)のもとへ帰って行く姿。鋭いまなざし……。一筋縄ではいかないが、こういう人、現実の世界では実は珍しくないと思う。それなのに、映画の中ではあまり出会ってこなかった。映画の主人公にするには難しい、都合が悪い、観客に耐性がない、と思われてきたのかもしれない。

 山中監督はその難しいことを、この映画でやってのけた。河合優実という俳優をまるごと生かして。たとえば、カナがホンダを欺いてハヤシのもとへ向かうのを見た時、多くの人は、ひどいと思う前に、とろけそうになりながら駆けていく姿、動きに心打たれてしまうだろう。また別のシーンでは、鼻血が出るほど高揚する姿にどきどきするだろう。河合優実の姿、表現を通して、主人公の生の確かな手応えと、それを感じる甘美なよろこびを共有することになるからだ。

 この映画は観客に、彼女が動き、退屈な日常を突破していくのを見ていたいという欲望を抱かせ、人間観察へといざなう。見ることへの欲望によって、観察の邪魔になる善悪の物差し、あるいは安易な共感や反感は、無効化されていく。

 ハヤシとの関係がある程度進んだところで、カナの動きはいったん止まり、今度は制御不可能な暴力に形を変えていく。家の中で、もがき、ハヤシに挑みかかっていく姿を見つめながら、何が彼女をそうさせるのか、思いをめぐらせずにはいられなくなる。

 彼女自身に起因するものも、もちろんあるだろう。ただ、そこに至るまでに描かれる一見、当たり前のような人間関係にひそむ 欺瞞 (ぎまん)や圧迫感を見落としてはならない。こわれゆくカナ以上に世間はこわれてはいやしないか。この映画、そうしたことにもちゃんと思い至らせる。それは大胆不敵な脚本ゆえであり、役者たちの演技の強度ゆえでもある。人の良すぎる男を演じる寛一郎、感じがいいのに感じが悪い大人を演じる渡辺真起子など、ひとりひとりの存在が強い印象を残す。

 時折、カナはスマートフォンで、どこかの砂漠の映像を見ている。終盤、そのスマートフォンで彼女が見ているのは、また別の光景。それは彼女と現実との距離感を表しているのか、それとも彼女の心象の表れか。この映画が現実の世界の鏡像だという実感を強めているようにも受け取れる。

 いろいろと面食らうことも多い映画だが、それこそが、いきもの観察の 醍醐 (だいご)味。とにかく、この映画の河合優実は見逃してはならない。役に見事に命を吹き込んでいる。

 今年のカンヌ国際映画祭では、フランス監督協会が運営する「監督週間」に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞した。

◇「ナミビアの砂漠」=2024年/日本/上映時間:137分/制作プロダクション:ブリッジヘッド コギトワークス/製作:「ナミビアの砂漠」製作委員会/企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ=9月6日から東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

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