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大江健三郎の「性的人間」に、なんじゃこりゃって思った……獣医師生活の実感込めた初の小説集

読売新聞 / 2024年9月13日 15時30分

「グレイスは死んだのか」赤松りかこさん

 獣医師として約20年間、野性の命に触れてきた。その実感が表れた初の小説集だ。「獣医療をやっていると、言葉にならない 豊饒 ほうじょうな精神世界が広がっているんじゃないかと思うことがある。言葉にできぬ大きな力の作用を書き表してみたかった」

 表題作は、調教師の男と飼い犬グレイスが深山で遭難した体験を描く。動物への暴力を〈 しつけ、と、調教、は根本から違う〉と捉える男は、山中での地滑りを機に、グレイスとの主従関係が逆転する。グレイスは飼い主に鋭い牙を き、犬が残した () 鹿 (じか)の肉を男が食べる。〈かつての犬ではない、新しい犬がたちあらわれている〉。男が言語で認識していた世界は崩れ去り、精神性の高い原始の世界がぼんやりと立ち上がる。

 「自然の秩序を体感したことで劇的な変化が起こるダイナミズムを書けたら、と。地上の支配者は肉食獣で、人間ではない。男の中には、本来の摂理に戻っていく安心感があるのかもしれない」

 10代で大江健三郎『性的人間』と出会い、衝撃を受けた。「『なんじゃこりゃ』って。そこから全部(著作を)買って、ずっと読んでいた。友達の結婚式でも、国家試験の前日も」。新潮新人賞に応募したのは2023年3月、ノーベル賞作家の () (ほう)がきっかけだった。「シャーマンと爆弾男」で受賞、デビューした。

 「文学は善悪を問うものでも、自分の正義を 標榜 ひょうぼうするものでもない。大江氏のように(人々に)より良く生きる力が備わっていることを気づかせる文学を書いていけたら」

 版元で、10万部超の書籍が並ぶ本棚とともに撮影を行った。最上段に革の特装に包まれた大江作品を見つけ、「なんて美しいんだろう」。深くため息を漏らす著者の姿が、名著を収めたガラス戸の向こう側に映った。(新潮社、1870円)真崎隆文

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