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天上の茶畑から詐欺商法の地獄へ…「西湖畔に生きる」で母救う息子描いたグー・シャオガン監督が追求する山水映画の道

読売新聞 / 2024年10月4日 14時0分

グー・シャオガン監督が手にする扇子に書かれている言葉は「明るい月が空にある」の意。次作のテーマと関係する言葉だという

 山の斜面に広がる緑の茶畑、茶摘みにいそしむ女たち。中国映画「西湖畔(せいこはん)に生きる」(公開中)は、龍井茶の産地として知られる浙江省杭州市・西湖一帯の美しい光景とともに幕を開ける。主人公は、ある若者と、茶摘みの仕事をして彼を育て上げた母親。天上の理想郷のごとき茶畑での生活が描かれると思いきや、母と息子は詐欺商法の闇へのみこまれ、地獄を見る。伝統的な山水画の世界を押し広げて現代を描くグー・シャオガン(顧暁剛)監督による「山水映画」第2作だ。グー監督に、作品について聞いた。(編集委員・恩田泰子)

デビュー作で世界的注目

 グー監督は、1988年生まれ。長編デビュー作であり、「山水映画」第1作でもある前作「春江水暖~しゅんこうすいだん~」(2019年)がカンヌ国際映画祭批評家週間で上映され、世界的な注目を集めた俊才だ。昨年の東京国際映画祭では、映画界に貢献した映画人や未来を託したい映画人に贈られる「黒澤明賞」を受賞している。

 「僕が山水映画を追求する中で見極めていきたいのは、山水画を貫く理念でもある『澄懐観道』、すなわち心を澄まして(タオ)を観ずる、ということです。その道とは、人間が何かにコントロールされている状況から、どうやって本来の自分にかえっていくか、いかにして人間の本性(ほんせい)にかえっていくか、ということです」とグー監督は穏やかに言う。

物語の下敷きは……

 「西湖畔に生きる」の物語のヒントとなったのは、仏教故事で、釈迦の十大弟子の一人である目連が地獄におちた母を救う「目連救母」。映画では、詐欺師たちが主導するマルチ商法にはまった母親・苔花(タイホア)(ジアン・チンチン)を、息子・目蓮(ムーリエン)(ウー・レイ)が救い出そうとするが、一筋縄では進まない。

 目蓮の父親が失踪して10年。苔花は、着飾ることもなく地道に働き、息子を育てあげたが、理不尽な理由で茶畑を追い出され、もうけ話にすがっていく。厚化粧に派手な装いで「私は新時代の自立した女性になった」とうそぶき、いさめる息子に全力で抵抗。自分を鼓舞するように踊り狂う姿には、ホアキン・フェニックスが演じるジョーカー並みに鬼気迫るものがある。

 ちなみに、日本の映画配給会社によれば、中国のマルチ商法は「直銷(ダイレクトセリング)」と「伝銷(無限連鎖性のある詐欺行為)」に分かれていて、後者はすべて違法。グー監督の親族のひとりもマルチにはまってしまったという。

 「僕は伝統と現代の関係に興味を持っています」とグー監督。マルチ商法を扱ったのは、「そこで一つの現代性を表したかったから」だ。「現代性とは、僕の理解では、欲望に対する無限の追求。金銭を追い求め、悪魔のようになっていく」

 「この映画では、母の苔花をのみこむ現代を表現する一方で、息子の目蓮を通して自然や伝統といったものを表したかった。人間の心の中にある魔の部分、欲望と、神の部分、無私の精神の両方を描きたかった。そのために『目連救母』を下敷きにしたのです」

潜入取材に基づく洗脳シーン

 人間の内面を可視化するように、母と子、それぞれの心を揺さぶる体験を徹底的に描いた。市井の人々がマルチ集団に取り込まれ、洗脳され、のめりこんでいく過程は、監督自身の潜入取材に基づく。

 俳優とエキストラに集団洗脳プロセスを体験させる形で撮った場面もある。そのシーンで、苔花らは親しい人たちの名前を書いてひとりひとり消していくよう指示される。「あの時、ジアン・チンチンさんは、本当に自分の親しい人の名前を書いていたのです」。撮影現場には常にカウンセラーを置いていたが、この過程に関しては、念のため、俳優には秘密で総合医と救急車を外に待機させていたという。

 「ジアン・チンチンさんもウー・レイさんもとても危険な撮影に臨んでくれました」。2人は主演俳優であると同時に、映画製作の同志でもあった。

 ウー・レイは、母親を簡単には救えないと悟るシーンでは、撮影が終わった後も泣いていて1時間ほど動けない状態になるほど、役に没入。また、終盤、目蓮の父親のルーツがある貴州省の山中で繰り広げられるシーンは、ウー・レイにとって、寒さや疲労、体力の限界と格闘しながらの撮影に。母を背負って山を登っていく場面で見せる渾身(こんしん)の姿は「もう演技ではなかった」。撮影終了後、狭く起伏の激しい山道を2時間ほどかけて下山したが、山から出ると、精根尽き果て、倒れ伏したという。

時代を超える真実の力

 山中のシーンの撮影地については、実は、浙江省の似たような山も選択肢にあった。だが、植生が異なるため、グー監督は、物語の設定通り、貴州省の険しい山を選んだ。入山中、重い機材とともに先を行っていたスタッフが「誰がこんなロケ地を選びやがったんだ」と叫ぶのが聞こえてきて、「逃げ出したい気持ちになった」こともあったという。「なぜ僕は、すべてのスタッフ、キャストに対してこんなに残酷なことをしているんだろうと、すごく反省しました」とも。

 ただ、妥協はしない。「僕は真実のこもった感情、真実性のある場所にすごくこだわりがあります。小津安二郎監督やホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の映画が人々に愛され、見続けられているのは、時代を超えた真実の情感がこもっているからだと思うのです。僕の映画もできる限り、時代を超える真実の力が持てるようにしたい」

絵巻のような第1作、掛け軸のような第2作

 グー監督は、浙江理工大学に在学中、映画に目覚め、まずはドキュメンタリーを制作。そして、初の長編劇映画「春江水暖」を撮った。

 同作は、自らの故郷である杭州の街、富陽を舞台にした家族の物語で、役者のほとんどは自らの親戚や知人。絵巻物を広げるように横移動する映像、川の流れを象徴的に見せて、市井の人々のリアルな情感と時代の流れを鮮やかに浮かび上がらせた。元代の画家、黄公望が富陽を描いた水墨の山水絵巻「富春山居図」に大きな影響を受けて撮った、最初の山水映画だ。

 「『春江水暖』を撮って、そこで山水画と映画の関係を見つけることができました。それまでなかった映画言語の可能性が見えてきたんです」とグー監督は言う。

 ただ、第2作は同じ山水映画でも印象を異にする。横移動する映像が印象的な第1作とは対照的に、掛け軸のように縦の広がりを感じさせる映像で、天上と地獄をめぐる物語が描かれていく。また、「前作はかなりインディペンデントな作り方をしたのですが、今作ではスター級の俳優を起用して、中国映画界のメインストリームの流れに乗った商業的なやり方で製作しています」。

極限を見定めたい

 第1作と異なるアプローチをとった理由は二つある。一つは「映画の勉強」のため。「僕は、映画学校で学ぶという既定のコースをとっていない。ドキュメンタリーの短編を撮ったことはありますが、経験を積まず、一気に最初の長編劇映画を撮ってしまったような状態でした。だから、第1作とは違ったチャレンジをしようという気持ちがあったのです」

 もう一つは「芸術上の理由」だ。「『春江水暖』では今までになかった映画言語の可能性が見えてきたわけですが、『西湖畔に生きる』では、山水映画というジャンルの可能性を探りたかった。この物語は『犯罪映画』というくくり方もできるわけですが、それを従来とはまったく異なる語り方ができないか、試したかった。山水映画でできることの極限を見定めたいという気持ちがあったのです」

 そして手応えは――。「すごく重要な発見がありました。ただ、今言えるのは、次の作品、山水映画の第3作でそれを完成させたいということ」

 次はどんな方向に表現を広げ、観客をどこに連れていくのか。また、驚かせてほしい。

 ◇「西湖畔に生きる」(原題:草木人間)=2023年/中国/上映時間:118分/配給:ムヴィオラ、面白映画=9月27日から、東京・新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

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