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「真の忠誠心を持つ人が何人いるだろうか」「恐怖政治が永遠に続くと思ったら大間違いだ」…北朝鮮の元外交官・李日奎氏インタビュー要旨

読売新聞 / 2024年10月9日 5時0分

2日、ソウルで読売新聞のインタビューに応じる元北朝鮮キューバ大使館参事官の李日奎氏=小池和樹撮影

 北朝鮮の在キューバ大使館で参事官を務め、昨年11月に韓国に亡命した李日奎リイルギュ氏(52)が2日、ソウルで読売新聞のインタビューに応じた。密輸出で生活費を稼ぐ北朝鮮外交官の苦しい生活を赤裸々に明かし、住民生活を犠牲にしながら核・ミサイル開発を進める金正恩キムジョンウン朝鮮労働党総書記の独裁政権を厳しく批判した(一部敬称略)

脱北の経緯、北朝鮮外交官の実態、韓国の印象

 ――脱北の経緯は

 外交官としての労働に対する正当な報酬がなく、不公平さに幻滅を感じ、これ以上奉仕できないと考えた。頸椎けいついを損傷してメキシコで治療を受けようとしたが承認されず、失望し、不満を抱いたことも契機になった。

 妻に「海外に行って暮らそう」と話したことがあったが、妻は強いストレスで病院搬送された。その後は黙って脱北を計画した。海外の公館にいれば(北朝鮮本国とは違って)インターネットを自由に使えるから、脱北ルートを調べた。決行6時間前に家族に打ち明けた。韓国に行くことは伏せ、「海外に出よう。北朝鮮に戻っても未来はない」と一生懸命に説得した。妻子は黙ってついてきてくれた。

 ――キューバ国外に出る際の心境は

 キューバの空港を早朝午前5時に離陸する飛行機に乗った。搭乗手続きを終えたのが午前3時。午前4時に搭乗するまでの1時間が10年のように長く感じた。

 10分たったかと思って腕時計を見たら1分だけ。30分たったかと思っても1分しか経過していない。腕時計を100回以上見たと思う。生まれて初めて神様に祈った。「家族を救ってください、うまく成功させてください」。神が私を救ってくれたと信じている。私は敬虔けいけんなクリスチャンになり、韓国では教会に通っている。

 ――北朝鮮の外交官の暮らしは

 大使館の参事官でも特別な待遇は受けられなかった。月給は500ドル(約7万2000円)。大使でもその程度だ。節約を重ねても毎月の支出は1000ドルになる。キューバ産の葉巻を密輸出し、生活費に充てた。北朝鮮での待遇はもっと悪い。外交官は海外で違法な商売をして外貨を稼ぎ、これを持ち帰って本国での生活費の足しにしている。

 北朝鮮の外交官は、ネクタイを締めたコッチェビ(路上生活の子供)だ。他国の外交官と会うのでスーツ姿でネクタイを締めているが、実際は、本当に涙が出るほど大変な生活を送っている。

 ――外交官として自負心はあったか

 北朝鮮の外交官であることが恥ずかしかった。外交官は体制を守る存在だ。だが、北朝鮮は裏では様々な悪いことをしている。私たちですら嫌になるような行為をたくさんしている。

 海外でコリアから来たと自己紹介すると、「北か南か」と聞かれる。「ノース」だと答えると、相手の顔色が変わる。物乞いで、あらゆる悪事を働くテロ分子。人々はそう警戒する。今まで仲良くしていた人でも、「ノースコリアだったの?」という感じになる。

 「サウス」なら相手は親近感を抱き、Kポップやサムスン電子の携帯電話、現代自動車の車の話をする。どれだけ話題が多いか。私は一度も自分がサウスコリアから来たと言ったことはないが、そう言いたかったことは何度もあった。

 私は外交官として専門性を持ち、(個人的な能力では他国の外交官に)引けをとらないと思うが、私の後ろにある、私に誇りを与えるべき国が、私にそんな思いを抱かせる。誇りや忠誠心が生まれるだろうか。北朝鮮に対して真の忠誠心を持って生きている人が何人いるだろうか。本当にいるのか、断言するのは難しいと思う。

 ――韓国社会の印象は

 豊かであることは知っていたが、想定よりもはるかに素晴らしい社会だ。切望していた自由というものを手に入れた。頑張りさえすれば、飢えずにうまく暮らせる機会を得た。

 私はこれまでの半生で韓国に害を与えようとした。キューバにいた時は韓国とキューバの国交樹立を妨害した。韓国国民にとっては罪人だ。そんな私を温かく受け入れてくれたことに、最も感動した。

 北朝鮮にいる同胞も、早くこのような素晴らしい社会で幸せを享受してほしい。そうなるように一生懸命に努力するつもりだ。

金正恩政権

 ――金正恩氏に会ったことがあるか

 2018年にキューバの高官が平壌に来た際、外交行事を私が総括したため、金正恩から直接質問され、答える機会があった。印象は良く、人間そのものを嫌いなわけではない。私が嫌うのは彼の行いだ。

 北朝鮮の住民がどれだけ大変な暮らしを送っているか。(この夏の)水害で住民は財産を失った。朝食後に昼食の心配をする住民が大多数だ。だが、金正恩は富を独り占めし、あらゆる贅沢を享受している。住民が飢えているのに、娘を(視察に)連れ回す。住民の困難を無視し、自分の家系だけを守ろうとする。その行動が醜い。

 金正恩独裁体制は必ず崩壊しなければならない。一日でも早く崩壊すれば、2500万人の北朝鮮住民は幸せに暮らせる。監視と統制、恐怖政治が永遠に続くと思ったら、それは大きな間違いだ。いつか終わりが来るだろうし、その日は近づいているような気がする。

 ―― 妹の 金与正キムヨジョン 党副部長の評価は

 個人的な見解だが、金正恩の随行秘書のような役割をしている。兄の予定を事前に把握し、安全や儀典の問題などをチェックする程度だ。「体制のナンバー2」との指摘があるが、北朝鮮のシステムの構造上、ナンバー2はない。金正恩のほかは一般大衆だ。

 ――名前が「ジュエ」とされる娘は

 後継者ではないとみている。(正恩氏の祖父の)金日成キムイルソンや(父の)金正日キムジョンイルは、後継者に指名する前に子供を公開の場に出さなかった。だから北朝鮮の住民らは、(正恩氏がジュエ氏を)連れて歩いたことに最初はとても不思議な気持ちを抱いた。

 時間がたつと否定的になった。私だけでなく、北朝鮮の人々はおそらく似た考えだと思う。「私たちが苦労して飢えている時に、どうして娘を連れて歩いているのだろう」と。制服を着て学校に行かなくてはならない年頃の子供が、洋服を着て、還暦を過ぎた幹部らの敬礼を受けながら歩いていることに拒否感がある。

核開発と外交官

 ――核開発をどう考えるか

 一般の住民でも外交官でも、核実験を行い、核保有を宣言し、ロケットを打ち上げる過程の初期は、とても誇りに感じた。先端科学技術が凝縮された核兵器を私たちがつくった。少し我慢すれば技術の発展が民生にも影響し、暮らしがよくなるという希望も生まれた。

 だが、最初(2006年)の核実験から何年たっても、暮らしは悪化し続けるばかりだ。住民は「核は私たちのためではなく、金氏一族の家系を守るためのものだ」と気づいた。住民が望んでいるのは、核兵器や大陸間弾道ミサイルではなく一食分の食料だ。民心は金正恩に背を向けてしまった。

 ――核開発での外交官の役割は

 当初は対外的なプロパガンダを行った。「米国が核で脅威を与える。核は核でしか抑止できない。だから私たちは核兵器を保有する」という主張だ。

 今ではそのような宣伝もしなくなった。「あなたたちが認めようが認めまいが、私たちは核保有国だ」として、国際社会の批判を完全に無視する戦略に転換した。

 ――核開発の物資調達での外交官の役割は

 北朝鮮の外交官は2種類ある。一つは外務省や対外経済省から派遣される正統な外交官だ。国防省派遣の駐在武官もそこに含まれる。

 もう一つは非正統的な外交官だ。核兵器の製造などに関与し、資金調達を行う。外交官の旅券を持ち、外交特権をもつので、資金などは外交行李こうり(大使館貨物。当該国で検査されない)で運ぶ。

 私のような正統な外交官は、彼らがどんな仕事をしているのかを知らない。ほとんどが中国で活動していると聞いている。

対米外交、非核化の意志

 ――2018~19年の米朝首脳会談をどうみた

 北朝鮮の対米外交の目標は三つある。▽朝鮮戦争の休戦協定の平和協定への転換▽米国との国交正常化▽経済制裁の解除――だ。18年6月のシンガポール、19年2月のベトナム・ハノイでの会談では実質的な成果がなかった。

 シンガポール会談は、北朝鮮では金正恩の偉大さにトランプ大統領が屈服したと大々的に宣伝された。ハノイの会談決裂後、メディアは米朝会談をほとんど取り上げなかった。住民らは「会談がうまくいかなかったのだろう」と推測した。

 個人的な見解だが、金正恩には非核化しようという考えが一度もなかったし、これからもないだろう。金正恩のどこをみて、(当時の韓国などが)非核化の意志があると評価したのかはわからない。実際に非核化の意志があるからか、それとも非核化の意志があれば良いな、という気持ちからそう評価したのか。

 北朝鮮は核戦力の強化を憲法に明記し、最近も(ウラン濃縮のための)遠心分離器工場を公開した。核は交渉の対象ではないとして、核軍縮交渉を主張している。この世にある最後の核兵器まで全部なくなるその日に、私たちの核兵器もなくなるという論理だ。非核化の意志は、今後もないと思う。

 金正恩は、トランプ大統領や韓国の文在寅ムンジェイン大統領と対面して非核化の話をしている最中も、裏では核開発を一刻も止めなかった。

 ――米朝首脳会談での外務省の役割は

 金正恩は当時、金英徹キムヨンチョルが率いる統一戦線部と党国際部に指示し、それらの機関が(米朝交渉を)主導した。外務省は資料を提供し、助言をする程度で、付き添い役にすぎなかった。

 だからハノイ会談が決裂しても、外務省は一切の責任を問われなかった。統一戦線部の担当者らは責任を負わされた。将来的に米朝交渉があれば、必ず外務省が主導するだろう。

 当時、金正恩は外務省を信用していなかった。外務省幹部が電話を1~2回受け損ね、機嫌を損ねた。金正恩の即興的な性格と、外交に対する経験不足や未熟さが影響した。

 ――金正恩は11月の米大統領選をどうみている

 トランプの再選に期待しているだろう。北朝鮮を無視する民主党政権より、トランプが再び政権を握れば、北朝鮮に対する関心が高まり、何らかの取引ができる可能性があると考えている。住民の金正恩への期待感を高めるため、トランプと親交があると国内で宣伝されるだろう。

韓国との関係

 ――北朝鮮で韓流文化に触れたか

 平壌では、発覚すればキャリアがすべて途切れるので、韓流(のドラマなど)を見ず、家族にも見させなかった。だが、海外に出るとドラマやバラエティー番組などをたくさん見た。

 私だけでなく、海外にいる北朝鮮の外交官や海外派遣団はみな韓流に夢中だ。北朝鮮ではかつて、韓国は貧しく、犯罪者だらけで、腐敗した病的な社会だという認識があった。2000年代初頭ごろから韓流が押し寄せ、韓国に対する見方は完全に変わった。暮らしが豊かで、自由が保障され、人間らしい生活ができる社会。韓流作品を一つ見るたびに、韓国で暮らしてみたいという気持ちがどんどん芽生えていく。

 ――金正恩氏は南北関係を「敵対的な2国家間の関係」だと宣言し、平和統一路線を放棄した

 2023年からそのような兆候があった。すべては話せないが、敵対的な2国家間関係という道を進めば、国際社会がどのような反応をするか。本国からの問い合わせがあった。大使など極めて限られた外交官だけが見られる指示で降りてきた。もしそうなった場合にどのような反応があるかということを、現地の実情に合わせて分析して報告した。

 統一について本気だったのは金日成だけだ。金日成は朝鮮戦争を起こした張本人だが、自分の誤った判断で戦争を起こし、中国が助けてくれなければ滅亡するところだった。苦い経験をしたので、戦争にも否定的で、平和統一を主張した。

 金日成時代の1970年代末から80年代初頭までは、北朝鮮は韓国より優位にあるとの自負があった。金日成は南北の体制を互いに認め、連邦制国家をつくり、門戸を開放して交流を全面的に行おうとした。韓国に負けないという自信を持っていた。ドアを開けても、韓国の人たちが私たちに憧れ、私たちの方に来る人の方が多い、と。

 80年代から金正日の主導で北朝鮮が完全な独裁体制に移行し、人々の暮らしが苦しくなって、韓国に体制競争で逆転された。金日成はそれを(1994年に)死ぬ直前まで知らなかった。

 金正日は統一に否定的だった。自分たちが門を開けてはだめだ、韓国に私たちはもう勝てないという考えを持っていた。そのときにすでに、平和統一は手放したのだ。金正恩時代に平和統一をやめたのではなく、隠していた牙を金正恩時代に明らかにしたのだ。

 ――文在寅前大統領が2018年9月に平壌を訪問した際の印象は

 私は平壌にいたが、浮かれた雰囲気ではなかった。2000年以降、韓国から金大中キムデジュン盧武鉉ノムヒョン、文在寅と3人の大統領が平壌に来た。文大統領が来たからといって、南北で統一が早まり、平和が来るだろうという思いより、「今回は何を持ってくるだろう」と考える人の方が多かったと思う。

対キューバ工作

 ――韓国とキューバの国交正常化(今年2月)で北朝鮮は打撃を受けたか

 2022年からキューバ内部で政治、経済、文化、外交などの分野で相当な変化が始まった。その中で、韓国と国交を結ぶことは予測できた。キューバは、北朝鮮にとって経済的にも軍事的にも大きな取引はないが、金日成時代からの伝統的な友好国だ。今回、政治的に大きな打撃を受けた。

 キューバは北朝鮮と似たような政治システムを持っているが、全く違うのは、国際法や国際的な慣習、国連憲章を誠実に履行する点だ。

 金正恩が本当に体制を守りたいのなら、キューバのような道を歩むべきだ。社会主義制度は維持しつつ、国際社会の規範や規定、国際法を遵守しながら、門戸を開き、開放できるものは開放し、民生の活性化に力を入れる。そうすれば、むしろ体制維持にも役立つ。

日朝関係

 ――金正恩氏は1月、能登半島地震で岸田前首相に見舞の電報を送り、「閣下」という呼称を使った

 閣下という表現より、見舞電を送ったこと自体に注目した。北朝鮮の立場では日本は敵国だ。日本とは国交もなく、電報を送る理由がない。何か狙いがある。日本は無条件での首脳会談を呼びかけてきた。その目的は明らかで、日本人拉致被害者問題の解決だ。北朝鮮もそれをよく知っている。見舞電はある種の日本へのメッセージではなかったか。準備が整ったから向き合おう、といったシグナルを送ったのだと私は考えている。

 見舞電に続き、金与正名義の談話が出た。拉致問題はもう解決済みだから、その議論はやめようと。なぜわざわざ拉致問題を持ち出したのか。今後の話し合いによって、拉致問題が解決されるかもしれないし、解決されないかもしれない、ということを暗示した、交渉力を高めるためのカードではなかったか。北朝鮮は日本と真剣に向き合う準備ができている。ただ、岸田政権は終わりに近づいていた時期だったので、協議が進展しなかったのだろう。

 北朝鮮は日本に対しても、おそらく対米国政策と似たようなことを考えている。国交の正常化とそれに伴う何らかの経済支援だ。

外交官粛正

 ――金正恩時代は外交官の粛正も増えたか

 米国担当の外務次官だった韓成烈ハンソンリョルは2019年2月に公開処刑された。17年末に逮捕された。その後、米国のスパイであり、自宅から無線機も出てきたといったうわさが広まった。外務省の副局長以上の幹部を軍の学校に集め、銃殺された。私は本来そこにいる立場だが、キューバ参事官に任命される手続きがあり、行かずに済んだ。外務省だけでなく、対外文化連絡委員会、対外経済省など、主要な外交、対外業務を担当する機関の幹部が200人ほど集められた。

 公開処刑の目的は、恐怖心を拡散させることだ。見たことを広めろということだ。撃たれたらどのように血痕が飛び散るか。全部話しても、それについては一切、取り締まらない。具体的に周囲に話すほど、恐怖心が拡散する。それが恐怖政治の目的ではないだろうか。

メッセージ

 ――北朝鮮の外交官や住民に伝えたいことは

 私は仲間の外交官や友人、北朝鮮の住民を憎んでいるわけでも、恨んでいるわけでもない。一緒に暮らしたみんなが毎日恋しい。私は皆さんに勇気を出してほしい。内部から変化を起こすことができないのであれば、勇気を出して、離れることができるときに、その国(北朝鮮)を離れてください。一度きりの人生を人間らしく生きることを願っている。

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