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封じ手開封直後に勝負のアヤ、藤井聡太竜王の柔らかい▲9五歩に佐々木勇気八段「感心しちゃった」…童心に返った感想戦[指す将が行く・竜王戦第1局前編]

読売新聞 / 2024年10月11日 11時30分

感想戦で笑みがこぼれた両対局者=若杉和希撮影

 第37期竜王戦七番勝負がタイトル戦初舞台の佐々木勇気八段は、前夜祭では緊張した様子だったが、セルリアンタワー能楽堂での対局は集中して盤に向かい、藤井聡太竜王相手に落ち着いた指し回しを披露した。結果は藤井竜王が先勝。一晩考えた佐々木八段の読みになかった▲9五歩が王者の一手だった。感想戦では互いに笑みがこぼれ、率直に意見をかわす朗らかな空間だった。(デジタル編集部・吉田祐也)

有力手は「見切られている」

 和服での対局姿をファンにお披露目した佐々木八段。竜王4連覇を目指す藤井竜王は、悠然と橋掛かりを渡り、能舞台の上座に入った。振り駒で藤井竜王が先手に。互いに得意とする角換わり腰掛け銀の戦型になった。佐々木八段は早めに6筋の位を取る工夫をみせ、藤井竜王も認識がある形のようで、すぐ6筋の位に反発した。

 初日の昼前、藤井竜王は▲6七歩(第1図)と打って銀を支えた。知識の範囲内の手だという。8筋は素通しでも、大丈夫とみている。15分の考慮で指した手ゆえ、佐々木八段は「△8七歩や△8七角の有力手は見切られている。第3の手段が必要だと思った」と直感がうずいた。ここまで18分しか使っていなかったが、あぐらに崩し、指す気配はない。後手の手番で昼食休憩に入った。

2時間14分の大長考、自ら崩れない渋い歩打ちを選択

 昼食休憩の時間帯、早めに対局場に戻った佐々木八段は一人、黙考を続けていた。鋭角的な棋風の佐々木八段だが、ここでしっくりくる攻め筋が浮かばなかったという。苦心の長考となった。だが、今の佐々木八段には、藤井竜王が認める「手厚さ」も備わっている。近年は自分から崩れない指し手を選ぶ技術も高い。時間が過ぎていく。長考は1時間、2時間を経過した。2日制の持ち時間8時間を、存分に味わうかのようだ。

 大長考となった佐々木八段は一手に2時間14分を消費し、△3四歩(第2図)と打ち直した。「候補はいろいろありましたが、一手しか指せないのが将棋なので」と渋い指し手を選択した。この手を見た藤井竜王は前傾姿勢になった。佐々木八段は「研究したことのある局面でしたが、有力な第3の手段が思い出せなかった。確か、相当複雑な手順の組み合わせだったような。長考して△3四歩としましたが、どうだったか」と振り返った。

当然の一手を封じ手にした佐々木八段、その先の読みに一晩費やす

 局後、藤井竜王は「△3四歩は一見すると指しにくい手ですが、▲5六角と据えて両にらみでの攻めを緩和する意味で有力な手だと想定していました。ほかに△6三金や△5二玉も有力ですが、最善形かというと難しい。後手は8筋から攻める手もありますし、10通りくらいの候補手はあると思いました」と明かした。読みのカバー範囲、研究の精度が驚異的であると、改めて第一人者のすごみを感じさせる言葉だった。

 △3四歩は想定内だった藤井竜王は長考の半返し、1時間14分の考慮で先の局面までの読みをまとめた。第2図から▲5六歩△6三銀▲4五歩と進んだ局面で封じ手に。銀取りの局面ゆえに、銀を撤退する一手だが、ここで佐々木八段は戦略的に封じ手に入れた。銀を引いた後、先手から有力な手があり、その手の対処を一晩、考えたかったからだ。今回の封じ手の際、封筒への割り印で「勇気流」の個性が発揮されたのだが、盤外の話題は後編で。

読みにない手を指され動揺、時間を削られる展開になった佐々木八段

 2日目の朝、目の下にクマがあった佐々木八段。指し手を練って、眠れなかったか。立会人の森内俊之九段が開封した封じ手は△3三銀だった。この次の先手の一手に佐々木八段は悩まされた。「反発を含みに▲7七桂と指す手があって、それが最強手だと考えました。対抗手段が難しくて、大変だと思っていたら、全く読みにない手を指されて焦りました」。

 わずか11分の考慮で藤井竜王は▲9五歩(第3図)と指した。佐々木八段は、かなり動揺したそうだ。読みから抜け落ちていた柔軟な手が盤上に現れ、それがいい手だと瞬時に感じたからだ。面白いのは、藤井竜王は佐々木八段が本線で読んでいた▲7七桂は、あまり有力だと思っていなかったのだ。このすれ違いが勝負のアヤとなった。佐々木八段は2時間ほど、藤井竜王より多く消費してしまい、時間の温存はできなくなった。

「暴れよう」と思った局面でぐっとこらえ、「暴発しなかったのは収穫」

 中盤は、ゆったり気長に構える「聡太流」が色濃く出た▲9五歩だった。暑がりの藤井竜王は、観戦のお客さんが能楽堂から出ると、羽織を脱いだ。佐々木八段は、しきりに扇子であおいでいる。両対局者の体感温度は似ているかもしれない。盤上も熱を帯びている。攻めか、辛抱か。佐々木八段は選択を迫られた。

 第3図から佐々木八段は「暴れよう」と思った瞬間もあったそうだ。具体的には△9五同歩▲9二歩△同香▲9三歩△8七角▲7七金△6九角成▲同飛△8八飛成▲6八角(参考図)という順だ。感想戦でも並んだが「角損の攻めなので無理」と判断し、見送った。「一局を通して暴発しなかったのは収穫だと思う」と局後に語っていた。

好所の角打ちでペースを握った藤井竜王、鮮やかな収束で開幕白星

 実戦は第3図から1時間9分の考慮で△8八歩と辛抱した。以下、▲7七銀△8一飛▲8八銀△9五歩と、後手は先手の銀を後退させることで9筋に手を戻すことができた。だが、藤井竜王は一枚上手だった。後手が9筋の歩を取ったところで、▲6六角(第4図)と打ち据え、模様を張った。四方に利いた万能な角だ。新聞解説の松尾歩八段は「後手は、左右からの攻めを受け止めるのは難しいです。先手ペースになりました」と話した。

 佐々木八段は普段の柔和な表情とは異なる、険しい面持ちで手段を探した。「差をつけられてしまった」と感じていた。ここから、時間が少ない中でも崩れない指し手を続け、終盤はチャンスを待った。藤井竜王は「ずっと難しいと思っていた」といい、小刻みに時間を使って、後手陣を切り崩していった。最後は鮮やかな収束で、開幕局の白星を手にした。

「そんなによくない」「えー、そうなの」…和やかな感想戦

 局後の感想戦で▲9五歩~▲6六角の順に触れた佐々木八段は「柔らかい手に感心しちゃった」「一本取られたと思った」と小声で話した。藤井竜王は「こちらは、そんなによくないと思っていましたが」と返す。「えー、そうなの」と佐々木八段。両対局者は笑顔で駒を動かした。検討は1時間を超え、童心に返ったシルエットが能舞台にまばゆく栄えた。(後編に続く)

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