生成AIの時代に、果たして人は恋愛小説を読むのか……現代作家や外国文学者たちが語り合った
読売新聞 / 2024年10月18日 15時15分
秋の夜長は、読書が進むとともに人恋しい季節です。今回の「本よみうり堂」は、特別企画として、座談会「生成AI時代に恋愛小説を読む」をお届けします。外国文学が専門の松永美穂さんと阿部公彦さん、作家の上田岳弘さんに、科学技術が急速に発展する今、体温のある読書体験にいざなう本をご紹介します。
AIの知性と人間の恋愛は区別できる?
――現代に恋愛小説が成り立つのかと思ったのが、この対談のきっかけです。お薦めを挙げてください。
阿部 『本心』は、崇高でかけがえのないものを小説でどう表現するかに挑む中で、AIや恋愛が重要な要素として扱われている点が興味深い。『フランケンシュタイン』は約200年前の作品ですが、人間が自らを超える存在を生み出し、それに脅かされるという展開が、まさに今のAIの進化と重なります。
上田 『わたしを離さないで』は、クローン技術で生まれた登場人物の心理を描き、近未来のテクノロジーと人間の関係について考えさせられます。一方の『春琴抄』は、恋する人への思いを守るために自ら盲目になるという行為にAIにはない人間性を感じた。
松永 最近、ベルギーで対話型AIとの会話にのめり込んだ男性が自殺したという報道を読み、自動人形に恋した男が狂気に陥る『砂男』を思い出しました。『合成美女』は、人間と完全に同じ能力を持つ合成人間がもし出現したら……というちょっと怖いお話です。
――対話型AIの応答はパターン学習と確率計算によって導かれたもので、そこに自我はありませんよね。
阿部 でも、ある種の問いに対して非常に自然に素早く返答してくれる。私たちが使っている言葉も、実はそのような形で生まれているのかもしれない。恋愛にもルール、いわば文法があります。そういう文法を学習したAIの疑似的な知性は、人間のそれと見分けが付かないこともある。『フランケンシュタイン』の怪物は、生みの親である科学者にパートナーが欲しいと要求します。もし、そんなAIが出てきたらどうなるのか。
松永 座談会の準備で、対話型AIに「生成AI時代の恋愛」について質問したら、「感情の理解、倫理的な問題、創造性と表現などいくつかの視点があり、多面的です。あなたはこのテーマをどのように考えますか?」と逆に質問された(笑)。言語によるコミュニケーションには一定の形式があるから、AIが恋愛感情を持ったふりをして人間相手に妄想を抱かせることもできそうです。
上田 これまでの人間の歴史を作ってきた神話や宗教をAIが模倣して「生きる意味」みたいなものを作り始めると危ない気がします。その危惧が新刊『多頭獣の話』の出発点になりました。一方、もっと小さな物語には別の可能性がある。昨年、『最愛の』という小説を出しました。二人の登場人物が手紙のやり取りを通じて愛を深めていく。恋愛の本質は「自分だけに有効なストーリー」なんです。他の人には価値がないけれど、自分にとってはかけがえのないものに、大げさに言えば命を賭けられるか。それはAIには難しい。
人間の強みは身体があること
――AIは身体を持たないからでしょうか。
上田 身体は人間の強みです。AIは人間と利害が一致する部分に限定して有効に使えば、情報処理能力などで勝るけれど、物理的な意味でのクリティカル(致命的)な喪失――『春琴抄』でいえば盲目になる――のような非合理な感情は模倣できないでしょう。それこそが人間性の根幹だと思うんです。私たちは言葉という記号を介してコミュニケーションを取っていますが、そこには身体的な実体を伴わない、ある種の不確かさや不安が常にあります。
阿部 現在の対話型AIには人間に害となるような回答を出さないように制限がかかっているでしょう。しかし将来、AI自身が欲望を持つようになるという人もいる。AIはさまざまなネットワークの管理などで、すでに物理的な力を一定程度行使しうる存在です。その時にクリティカルなところを突破されたらどうなるか。そう考えるとすこし不安ですね。
松永 AIは相手が誰であろうと一人ひとりを識別せず平均的な答えを出します。つまり私たちとAIは匿名性を帯びた関係にある。でも、恋愛は突きつめると一対一の関係です。AIを駆使して文学賞の応募作で一次選考を通過するレベルのものは書けたとしても、それが本当に独創的で面白いものかどうか。
作家として感情を刺激したい
――私たちが身体性や一対一の人間関係を恋愛のよりどころにする限り、高速演算で文章を作るAIには書けないような小説を今後も生み出せるでしょうか。
阿部 AIは怒りや憎しみなど感情の文法も習得するでしょう。恋愛を妨げる障害や抑圧のパターンも把握するでしょう。あとは、これらの組み合わせにどの程度の変奏曲がありうるかですが、これは読む側の想像力の幅次第とも思えます。
上田 人は、僕が日本人の男性として生まれてきたように、自分の意志とは無関係に存在する部分がある。小説家として、そういう偶然性を楽しみながら、原始時代から続くプリミティブな感情を刺激するようなものが書ければいい。新しい恋愛小説のスタイルやパターンを試していきたい。
松永 現代の恋愛には男女の関係だけではない、いろいろな形があります。主に異性愛を対象としてきた従来の恋愛小説とは異なる物語は生まれている。そうした観点からも多様な物語がこれからたくさん生まれてくるでしょう。
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