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読書は恥ずかしいと感じていた少年が、三島由紀夫「金閣寺」に出会ったとき……平野啓一郎さん

読売新聞 / 2024年11月8日 15時15分

富永健太郎撮影

 作家の平野啓一郎さん(49)は昨年、デビュー25周年を迎えました。ロマン主義的な第1期、短編が目立った第2期、自己の複数性を唱える「分人主義」をテーマにした第3、4期を経て、いよいよ第5期に突入したようです。膨大な読書を重ねた人らしく「私を作った書物」に挙げたのは、いずれも全集です。

『決定版 三島由紀夫全集』全42巻、補巻1、別巻1(新潮社) 各6380円

「金閣寺」との奇遇

 山や海を身近に感じられる工場の街、北九州市で育った。屋内で過ごすよりも外で遊ぶほうが好きだった。読書は「恥ずかしいことみたいな感じがしてた」。傑作との奇遇は、中学2年の時に訪れた。片道1時間の通学路で、退屈しのぎに三島由紀夫『金閣寺』を読み、衝撃を受けたという。

 作中では、社会とうまく関係を結べない(きつ)(おん)の青年が、美の象徴である金閣寺への放火を企てる。「文体のきらびやかさと、主人公の非常に暗い内面。その両者のコントラストがすごく新鮮だった」

 三島は1970年に東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で命を絶った。自身が生まれた75年にはこの世にいなかった。それでも、衝撃的な自決は、社会の記憶に新しかった。昭和の重大事件を特集するテレビ番組で取り上げられ、周囲の大人も三島について語り合っていた。

 「作家である以前に、不思議な人っていう関心が漠然とあった」と振り返る。

 三島はなぜ自死を選んだのか。昨年刊行の大著『三島由紀夫論』では、長年の疑問に自答するかのように、自決に至るまでの作家の内面に肉薄した。机の周りに『決定版 三島由紀夫全集』全42巻を積み上げながら原稿と格闘し、執筆期間は23年に及んだ。

 「どうしてああいう死に方をするのかという大きな疑問があった。それを理解する上で代表作だけではなく、全集にしか収められてないエッセーだとか、対談だとか、創作ノートがすごく役に立った」

文学の道案内

 中学・高校時代は、街の書店で、朱色の背表紙が目を引く『仮面の告白』や『潮騒』などの文庫本を買っては読んだ。特に、文壇の(ちょう)()となった三島による身辺雑記『裸体と()(しょう)』には、大きな影響を受けた。国内外の文学についての所感や作家論をつづった評論的な性格も備えた一冊だ。

 「文学に関心を持ち始めた時に道案内のような機能を果たしてくれた。詳細に作品を分析していて、憧れに近い感情を抱いた。古今東西の文学が豊かに混ざり合っていて、そういう三島が好きだった」

 フロベール、トーマス・マン、ゲーテ。三島の読書の足取りを追うように、文学の森へと深く分け入った。14歳で読んだ『金閣寺』は「正直、難しくてあまりよくわからなかった」が、三島が好んだ海外文学に触れた後に再読すると「はるかに内容がよく分かるような気がした」と話す。

 「文学は、一つの小説がポツンと真空状態の中に存在してるわけじゃない。世界文学の大きな森のようなものに有機的に結びついて一つの作品が生み出されることが(おぼろ)()ながら分かった」

小説家志望に

 バブル経済が絶頂を迎え、時代は90年代に入っていた。都会の狂騒には、反発心にも似た感情を持っていた。「東京がバブルでクレイジーだった時代で、そういう様子を田舎からテレビで見てると、大人は金の亡者みたいで、若者はディスコで踊り狂ってて」

 京都大に進学し、文学部ではなく、法学部を選んだ。京都へ引っ越す時、実家に本を全て置いていき、文学とは離別しようとした。「小説を読み続けていると、自分が救われる思いはあったけど、友達との距離で言うと、ますます孤独になってる気がして」

 だが、ほどなくして、文学の魅力に引き戻されていく。京都の書店には九州では見たことのないような本が多く並んでいて、熱心な学生の書き込みが残る古本もあった。

 世紀末の(へい)(そく)感が平野さんに筆を握らせた。「今度は小説家になりたいと考えるようになった」。大学在学中に、新潮社の文芸編集者に宛てた17枚の便箋が運命を変える。「三島由紀夫の再来」と呼ばれ、華々しく文壇に登場したのは、その直後のことだった。(真崎隆文)

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