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仁和寺決戦を制した藤井聡太竜王のスナイパー二枚角…「視覚の外から寄せられた」佐々木勇気八段が脱帽した規格外の射程[指す将が行く・竜王戦第3局]

読売新聞 / 2024年11月11日 7時0分

終局後、ソファでうなだれた佐々木八段=若杉和希撮影

 藤井聡太竜王と佐々木勇気八段が1勝1敗で迎えた第37期竜王戦七番勝負第3局は京都市の世界遺産・仁和寺での一戦で、藤井竜王が逆転勝ちを収めた。対局を優位に進めていたのは佐々木八段だったが、混戦模様となった終盤で力を発揮したのは藤井竜王で、先の先まで読みを入れた二枚角での寄せを決めた。逆転負けの佐々木八段は対局直後、がっくりとうなだれ「視覚の外から寄せられた」と小声で発した。(デジタル編集部・吉田祐也)

佐々木八段の「秘策」ダイレクト向かい飛車

 壮麗な仁和寺の対局室で第3局は始まり、後手番の佐々木八段は早くも2手目に趣向をみせた。居飛車党の佐々木八段が△3四歩と角道を開けたのだ。

 控室でモニターを見つめていた畠山鎮八段は「角道ですか。佐々木八段に用意の作戦がありそうです」と話した。佐々木八段は角交換型のダイレクト向かい飛車を採用した。対抗形の振り飛車側を指すのは7年ぶりとなる。「秘策ですね」と畠山八段。藤井竜王はバランス型の布陣をとり、佐々木八段は銀冠に囲って厚みを主張する駒組みとなった。

夕方に大音量の退館アナウンス

 午後4時半過ぎ、佐々木八段が盤側に何かを語りかけていた。退館をうながす仁和寺のアナウンスの音量が大きく、しかも複数言語で長い時間流れて気になると。「明日はアナウンスを止めてほしい」という要望が控室に伝わった。立会人の福崎文吾九段は「(滝を止めさせた)加藤一二三先生を思わせるね」と、最初は冗談交じりに話していたが、仁和寺の僧侶らが血相を変えて控室に入り、真剣な協議が行われた。

 音に関する佐々木八段の指摘は的確なものだった。もし対局2日目の秒読みの中で、アナウンスが流れたとなれば、集中力がそがれてしまう。仁和寺は退館をうながすアナウンスが流れてしまったことを両対局者にわびた。

藤井竜王、封じ手の局面は「攻めがつんのめって、すでに苦しい」

 さて、盤上は研究十分とみられる佐々木八段がテンポ良く指し進め、初日は持ち時間の温存にも成功した。藤井竜王は「出だしから想像していない展開になりました」と局後に明かした。佐々木八段の振り飛車には意表を突かれたようだ。後手陣の厚みを崩すべく、▲9六歩(第1図)と端攻めをみせたところで封じ手を迎えた。

 封じ手の封筒にサインをした藤井竜王は「攻めがつんのめっていて、すでに苦しい」と感じていた。駒を片付け終え、両対局者が去った対局室で福崎九段が持ち前のサービス精神を発揮した。プレミアムプランなどで封じ手の場面を見学したお客さんらに、将棋界伝統の所作を丁寧に説明した。「少しでも満足して帰っていただきたくて」と福崎九段は語った。

悩ましいタイミングで3択迫る歩の成り捨て…藤井竜王の勝負手

 対局2日目の午前は藤井竜王が攻め、佐々木八段が受ける展開に。佐々木八段は「先手の攻めは少し細く、ちょっといいと思っていた」と判断していた。控室で検討していた北浜健介八段は「馬が手厚いので、後手を持ちたい」と話していた時、藤井竜王は▲9二歩成(第2図)と指し、揺さぶりをかけた。「これは悩ましいタイミング」と北浜八段はうなった。

 歩の成り捨ては、結果的によい勝負手となった。実際、佐々木八段は悩んでいた。「△同香も△同銀も△同玉もある」と局後は率直に語っていた。上部の厚みを保つ△9二同香も有力と感じたものの「指せるのは一手だけ」と割り切り、第2図から△9二同銀で、先手の攻めを呼び込む方針をとった。

難解な玉頭戦のさなか、両対局者の心癒やした庭園の眺め

 難解な玉頭戦のさなか、両対局者は仁和寺の景色に癒やされていた。佐々木八段は「写真などで見てきて楽しみだった」という庭の眺めを満喫した。対局初日から、縁側に腰を下ろし、世界遺産の風景を眺めた。仁和寺の宸殿(しんでん)にとけ込む勇気八段。縁側に座る棋士を初めて見たが、どことなく「昭和」を思わせ、懐かしさを覚えた。2日目も、同じように座って、庭を眺める時間帯があった。

 仁和寺での対局は4度目となる藤井竜王は、庭の風景を気に入っている。「本局では全部で1時間くらい、庭を眺めていたと思います」と明かした。考慮の合間に席を立ち、庭や通路から見える木々など、風景を楽しんだ藤井竜王。仁和寺の若い僧侶は偶然、宸殿の縁側に立つ藤井竜王の姿を見かけたという。「なんとも神々しい考慮姿でした。仏よりも尊く感じてしまった瞬間がありました」とユーモアを交えて話した。

飛車と角を刺し違え、角2枚を手にしてギアを上げた藤井竜王

 2日目の夕方、後手も反撃して盤上は一手争いの終盤戦に突入した。佐々木八段は△8六角(第3図)と打って詰めろをかけた。先手はどうしのぐか。藤井竜王は▲6八角というひねった受け方も読んでいた。「角を手放すと、攻めのビジョンがなくて」と、デメリットが大きいと判断し、選択肢から消した。そして、17分の考慮で▲8六同飛と刺し違えた。角を温存したことが「スナイパー」の伏線となった。

 さて夕刻といえば、対局初日は退館アナウンスが流れた時間帯だ。佐々木八段から指摘を受けた仁和寺はアナウンスが切れていることを入念に確認し、僧侶らは経を小声で読むなど静かな対局環境作りに気を配った。そして、夜の時間帯は境内の雲海ライトアップツアーに訪れる観光客がいたが、高僧らが「竜王戦の対局が佳境を迎えているので、声を殺して忍び足で境内を歩いていただけたら」と要望すると、客らは快く受け入れ、抜き足差し足で境内を歩き、「静寂」に協力したそうだ。

盤上に放たれた2枚の角、最初はその厳しさに誰も気づかず…

 激しさを増す盤上は、第3図から▲8六同飛△同歩▲4二と△8四金に▲4一角(第4図)と進行した。銀に当てる△8四金に対する▲4一角は、単に銀にひもをつけただけの手に見えた。控室で検討する畠山八段は「緩い手にも映るけど、藤井竜王が指した手だからなあ」と意図を探った。しきりに駒を動かすが、真意は見えてこなかった。佐々木八段は首をかしげ、第4図から△9七飛と打った。

 後手の飛車打ちは詰めろではない。藤井竜王はすかさず▲5四角(第5図)と打った。ただ、この角打ちも不思議な手なのだ。後手は8三の地点に銀を上がれば、玉の周りの金にひもがついて、囲いの連結がよくなる。果たして、二枚角の攻めは急所に入っているのか。当初は判断しかねていた佐々木八段だが、考慮中に「レールに乗ってしまった」と気付いた。

必死に受けの手を探した佐々木八段だが、藤井竜王に全て読み切られ

 何か手段はないか。佐々木八段の表情がこわばった。中盤戦では2時間ほど持ち時間を多く残していたが、終盤に入ってみるみる後手の残り時間は減った。記録係に秒を読まれる佐々木八段は、素早くようかんを口に入れた。「瞬間芸」のような速さで糖分を補給し、受けを模索するも、見つからない。時が流れるなか「△9七飛が甘すぎたか」と自問自答したという。そして、54分の長考で△8三銀と上がった。

 藤井竜王は2分を使って▲7五桂(第6図)を打った。読み切った手つきだった。第6図から、△7五同金でも、△7四金でも、△7四銀でも後手玉への詰めろは解除できない。かなり前から寄せの構図を描き、精密な読みで全ての変化を見切る。大盤解説会場では、詰将棋の名手である北浜八段が詰み筋を読むも、すぐには駒を動かせなかった。あらゆる棋士を凌駕(りょうが)する終盤力を見せた藤井竜王が、逆転で第3局をものにした。

終局後、ソファに倒れ込んだ佐々木八段…大盤を前に藤井竜王と感想戦

 囲いの連結をスナイパーの角で分断する。藤井竜王は他の棋士よりも圧倒的に早い段階で寄せの構図を描くことができ、射程も規格外だ。終局後、プレミアム解説会に向かった両対局者。会場の外にあるソファに倒れ込んだ佐々木八段は「角から角(▲4一角~▲5四角)が見えなかったし、その先の受けに対して▲7五桂の決め手も用意している。視覚の外から寄せられた」と声を発し、うなだれた。

 両対局者入場の声がかかり、起き上がった佐々木八段は大盤解説会場に入った。次局への抱負などを言い終えた直後、佐々木八段は「3択の局面どうでしたか」と駒を手にし、藤井竜王も応えた。大盤を用いた感想戦が阿吽(あうん)の呼吸で始まった。壇上の久保利明九段は静かに見守った。火照っている佐々木八段に、神妙な表情の藤井竜王。2人だけの空間が、そこにはあった。5分という時間を長く、いとおしく感じた。

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