震災に襲われた能登半島、それでも「同人誌」はまた作られた…石川県内唯一の「同人誌印刷所」で起きたこと
読売新聞 / 2024年11月11日 17時0分
大災害を前にして、同人誌というメディアに何ができるのか。今回は、能登半島でそれを考えてみたい。(文化部 石田汗太)
チャリティー同人誌
金沢市の石川県立図書館で6月29日、能登半島地震チャリティー同人誌「波の花 風吹く」についてのトークイベントが開かれた。語り手は石川県在住の小説家、
紅玉さんが「一緒に同人誌を作りませんか」と、上田さんと編乃さんを誘ったのは震災の3日後、1月4日だった。「被災者になってしまった私たちだけれど、ただ支援を受ける側でいいのか。私たちは本を作ることができる。同人誌なら今すぐに、今あることを伝えられると思ったんです」と紅玉さん。
「波の花 風吹く」は、5月に東京ビッグサイトの即売会「コミティア148」で初売りされた。掲載小説は3編。輪島市で被災した上田さんは、輪島塗の
「10年ほど前から個人誌を作っています。自分の手で売れるのが魅力」と上田さん。編乃さんは「初めての同人誌。本を作るのってこんなに大変なのかと思いました」。紅玉さんは「作品は一人で作るものだけれど、同人誌作りは人の輪ができるのがいいですね」と話す。
刊行が5月になったのは、同県
震災が「印刷」に与えた影響
翌30日、金沢市からレンタカーを3時間走らせて珠洲市に着いた。道は所々ひび割れ、倒壊したままの家屋を何軒も見た。
「地震直後は会社を閉めるつもりでした」と、スズトウシャドウ印刷取締役の平野真由美さん(47)は話す。激しい揺れで大きな印刷機械がいくつも倒れた。「機械の損傷は幸い軽かったのですが、もっと大きな問題がありました」
それは「水」だ。同社が得意とするオフセット印刷は水とインクの反発を利用するため、きれいな水が大量に必要。「ずっと断水で飲み水が配給されている状況で、印刷のために水がほしいなんて言えませんでした」
1月7日に大阪で大きな即売会があり、同社も全国から注文を受けていたが、納品不可能になった。「でも、全国の同業者ができる限り印刷を肩代わりしてくださって。この業界は横のつながりが強いんです」
何とか水を確保し、営業再開にこぎ着けたのは4月1日だった。「絶対スズさんで印刷したい」「いつまでも待ちます」という同人作家たちの声に励まされたことも大きい。「それだけのものが、こんな能登半島北端の印刷所にあるのかな?って不思議に思うんですけど」
コミケをきっかけに社名をカタカナに
旧社名は「
そこはコミックマーケットの晴海会場だった。英明さんはその活気に驚き、他の印刷所のチラシを見て「ウチならもっと安くできる」と思った。社名をカタカナにし、本格的に同人誌の受注を始めた。「キャプテン翼」の二次創作ブームで同人誌市場が急拡大し始めた頃だ。
「小学生の頃、父が運転する大型バスで晴海に連れていかれたこともあります。段ボール箱いっぱいのバスの中で寝泊まりしたんですよ。能登人はお祭り好きだから、父はコミケの祝祭性にはまったんだと思います」
「応援ノート」は「私たちの同人誌」
「スズトウは地元の誇り」と紅玉さんは語る。「マットPP(フィルム加工の一種)の美しさは絶品。あのしっとりした仕上げは他でマネできません」
「ウチは10人ほどの小さな所帯ですが、この道20年、30年のベテラン職人が多いんです」と真由美さん。「父も仕事に命をかけてきたような人だから。印刷バカなんですよ」
「あの地震がなければ…」
真由美さんは珠洲市内の病院で臨床検査技師をしていたが、2019年に3代目を継ぐ決意をした。「父に『継いでほしい』と言われたことはありません。でも、やっぱりここをなくしたくなかった。不謹慎かもしれませんが、あの地震がなければ、父が積み重ねた信用の厚みを、ここまで肌で感じることはなかったかもしれません」
4月に「地震復興応援ノート」をオリジナルで作った。機械の動作確認を兼ね、被害を免れたコミック紙をとじただけの真っ白なノートだったが、試しにXで通販を告知したところ即日完売。なお注文が殺到したため、7月に第2弾を出した。
「『能登のために何かしたかった。ノートを出してくれてありがとう』と書き添えてくださった方もいました。本当にありがたいです」
真由美さんの考えでは、「自分の思いを100%乗せるもの」が同人誌だ。「その意味で、この白いノートも、私たちの同人誌と言えるのでしょうね」
紅玉さんらは9月25日、同人誌の収益金約76万円を石川県に寄付した。その直前、能登は記録的豪雨で再び大きな被害を受けた。「波の花 風吹く」は、12月1日に東京ビッグサイトで開かれる即売会「文学フリマ東京」で第2版が売られる予定だ。
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