死ぬまでに食べたい「ぼんごのおにぎり」、2代目店主の物語…古里の味・赤い糸・弟子と「思い」は世界へ
読売新聞 / 2024年11月10日 15時17分
10月の平日、午前8時20分。雨にもかかわらず、東京・大塚の老舗おにぎり店「ぼんご」前には、40分後の開店を待つ客が並んでいた。スーツケースを持った外国人観光客や女性の1人客など客層は様々だ。
「朝早くからありがとうございます!」。
2022年10月、旧店舗から徒歩1分の今の場所に移転。カウンター9席の店内は、開店から午後9時の閉店までほぼ埋まり続ける。
57種類あるおにぎりの具は、サケや梅などの定番に加え、牛すじや卵黄しょうゆ漬けといった珍しい具材も。1個のおにぎりに2種類の具を入れるのが人気で、組み合わせは1600通り近くもあるから、迷ってしまう。一般的なおにぎりの1・5倍となる約180グラムのおにぎりは、ふんわり握られ、口の中でほろっと崩れるのが特長だ。
ぼんごの創業は1960年。亡き夫の
27歳年上の初代店主と結婚
おにぎり店「ぼんご」と、由美子さんの出会いは偶然、いや運命だった。
由美子さんは新潟市で3人姉妹の真ん中に生まれ、厳しい父親に育てられた。高校卒業後は地元の燃料会社に就職したが、東京への憧れが膨らみ、1972年2月の給料日に家出同然で上京した。
たどり着いた上野駅は雪が降っていた。駅前の喫茶店で同郷の店長と出会い、運良く住み込みの仕事が決まった。親元を離れての生活は初めて。すぐに母親の手料理が恋しくなった。
そんな時に友人が連れ出してくれたのが、ぼんごだった。おにぎりとナスのお新香――。どこかホッとする懐かしい味に、実家のことを思い出していた。
胃袋を完璧につかまれた由美子さんは、それから毎夕、仕事帰りに通った。店で2個食べ、4個持ち帰る。通い詰めているうちに、ぼんごの店主で、後に夫となる27歳年上の
しばらくして、病気で倒れた職人の代打で由美子さんも店に立ち始めた。常連客からは「俺が代わって握ろうか」とバカにされた。でも、その言葉で由美子さんの負けず嫌いに火が付いた。全力でおにぎりと向き合う日々が始まった。
行列の絶えない人気店に
「ぼんご」に24歳で嫁いだ由美子さんは半世紀かけて、おにぎりを進化させてきた。
「冷めてもおいしいおにぎりが食べたい」。1980年代、客の一言でコメ探しを始めた。たどり着いたのは、由美子さんの出身地・新潟の岩船産コシヒカリ。粒が大きいのが特徴で、冷めてもうまみが損なわれなかった。
そんなふうに客の意見に耳を傾けて工夫を重ねるうちに、具の種類は増えて57に達し、組み合わせもどんどん楽しめるように。こだわり抜いた味が評判を呼び、気付けば店は行列の絶えない人気店になった。
休む暇もないままおにぎりを握り続けた日々。ありがたい反面、営業後は疲れ切って倒れるように眠り、仕込みが終わらずに開店できない悪夢で目が覚めたことも。だから12年前、初代店主の夫が亡くなった時は、店を畳むことも考えた。
そんな由美子さんの背中を後押ししたのは、心動かされた出会いの数々だった。
ある日、末期がんの夫を看病する妻が来店した。夫に食べたい物を尋ねると、「ぼんごのおにぎり」と答えたという。「この日のために頑張ってきたんだ」と思ったのと同時に気付いた。おにぎりを通じて人を思い、人の心を結ぶ。それが、やりたいことなんだと。
気配りと手際の良さに驚き
由美子さんの元には、「修業したい」という依頼が絶えない。
オーストラリアでの出店が夢という
仕込みや握り方など学んだことは数え切れない。何より、女将の明るい人柄と徹底した接客に圧倒された。並ぶ客へのあいさつはもちろん、夏は冷茶、冬は温かいお茶を配り、子どもへの声かけも忘れない。あんなに動き回っているのに、いつの間にかトイレ掃除を終えているのも驚きだ。
修業を経て、ドイツやカナダで握る弟子もいる。その手軽さやヘルシーさが海外でも人気だとか。由美子さんがおにぎりを通じて伝える「人を思う心」も、一緒に世界に広がっている。
遠足のお弁当、母が作ってくれた夜食――。おにぎりには、思い出を呼び起こす力がある。たかがおにぎり、されどおにぎり。人類がこの先もずっとおにぎりを食べられますように。そんな願いを込めながら、今日もおにぎりを握る。(文と写真、粂文野)
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