「年収の壁」より「時間制約の壁」が問題だ 家庭の縛りなくなれば、働く主婦の多くが「フルタイム正社員」希望
J-CASTニュース / 2024年11月14日 19時34分
年収の壁に縛られず、生き生きと働きたい(写真はイメージ)
与野党の間で「年収の壁」対策の議論が加速しているが、当事者である女性たちはどう考えているのだろうか。
そんななか、働く主婦・主夫層のホンネ調査機関「しゅふJOB総研」(東京都新宿区)が2024年11月12日に発表した調査「もし家庭の制約がなければ、主婦層が最も望む雇用形態」によると、働き方を縛る制約がフルタイムの正社員で働きたい人が多いことが分かった。
年収の壁ではなく、「時間制約の壁」が問題だと専門家は指摘する。では、どう解決すればよいのか。
「趣味が仕事です!と言い切れるぐらい仕事が好き。しかし、扶養手当が...」
しゅふJOB総研の調査(2024年9月17日~30日)は、就労志向のある主婦・主夫層460人が対象。
まず、いま最も望ましい働き方(雇用形態)を聞くと、「短時間非正規社員」(35.4%)が最も多く、「短時間正社員」(25.9%)、「フルタイム非正規社員」(9.6%)と続いた。パートやアルバイト勤務を望む声が多数派だった【図表1】。
ところが、もし家庭の制約がなくなり、100%仕事のために時間を使うことができるようになったら、最も望ましい働き方は何かと聞くと、「フルタイム正社員」(43.3%)がダントツの1位に。以下に、「短時間正社員」(24.8%)、「短時間非正規社員」(11.5%)と続いた。一転して、正社員を望む人が約7割(24.8%)に増えたことになる【図表2】。
現状が100%仕事に専念できる場合になると、「フルタイム正社員」は4.6倍に増える一方、「短時間非正規社員」は3分の1に減ることになる。
フリーコメントを見ると、いかに「正社員」という働き方を望んでいるかが伝わってくる。
「制約がないのではあれば、最大に稼げる形態で働きたい」(30代:派遣社員)
「短時間正社員なら家庭と両立がしやすい」(30代:パート/アルバイト)
「趣味が仕事です!と言い切れるぐらい仕事が好きです。が、主人の仕事先の103万円越えると扶養手当の返金、家族手当の返金。そんなのなくしてほしいです。主婦も働きたい人はいっぱいいる」(50代:パート/アルバイト)
「自身の裁量で時間や場所等を決めたい」(50代:今は働いていない)
その一方で、正社員という働き方に迷いも感じられる。
「正社員のほうが仕事の裁量を与えられるのでやりがいがある。しかし、人生のすべての時間を会社に注ぐと、会社の状態に人生を左右されることになる。自立するためには働く以外の時間も必要だ」(40代:パート/アルバイト)
「業務委託という働き方に興味があります。近所にはテレワークの施設も充実しており、フリーアドレスでばりばり働きたい」(50代:派遣社員)
「家族が第1優先なので仕事は楽しめる程度でよい。好きな仕事ができればそれでいい」(40代:パート/アルバイト)
このような意見が寄せられた。
「自身の裁量で時間や場所等を決めたい」のに、諦めてしまう
J-CASTニュースBiz編集部は、研究顧問として同調査を行い、雇用労働問題に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎さんに話を聞いた。
――100%仕事に専念できるなら、「フルタイム正社員」で働きたいという人が4.6倍に増えました。この調査結果をズバリ、どう分析しますか。
川上敬太郎さん 働きたいと考える人がどんな雇用形態を望んだとしても、そこには決して良し悪しなどないと思います。フルタイム正社員を望む人もいれば、短時間非正規社員を望む人もいて、希望は個々に尊重されるものです。
そのうえで、フルタイムと短時間合わせて正社員を望む人が多いのは、それだけ主婦・主夫層の中にも、仕事のやりがいやそれに見合った報酬などを求めている人が多いということなのだと思います。
ただ、それらの思いが、家庭との両立という「時間制約の壁」によって抑えられてしまっているということではないでしょうか。
――「年収の壁」より「時間制約の壁」が主婦・主夫層の働き方を制限している主因だというわけですね。
フリーコメントでは、私個人は「趣味が仕事です!と言い切れるぐらい仕事が好き...。主婦も働きたい人はいっぱいいる」という意見に共感しましたが、川上さんはどのコメントが一番響きましたか?
川上敬太郎さん それぞれ響く言葉ばかりですが、中でも印象的だったのが「自身の裁量で時間や場所等を決めたい」という言葉です。逆の言い方をすると、いまは「自身の裁量では時間や場所等を決められない」ということになります。
まさに、「時間制約の壁」が存在していることを示すコメントです。自身の裁量で時間や場所等を決められないことに慣れて当たり前になっていくと、そのこと自体に疑問すら生じなくなり、あきらめの気持ちに支配されてしまう人が少なくないのではないでしょうか。
年収の壁として意識すべきは、所得税ではなく社会保険の壁
――現在、103万円、106万円(月額8万8000円)、130万円と、さまざまな年収の壁をなくす論議が盛んです。一方で、103万円は「意識の壁」あるいは「幻の壁」という指摘もありますが、こうした誤解や複雑さについてはどう思いますか。
川上敬太郎さん 昨今、103万円という金額がクローズアップされるきっかけとなったのは、所得税の基礎控除等を引き上げると国民民主党が主張したことです。その施策自体は、手取りを増やす効果が大いに期待できるものだと思います。
ただ、収入が103万円を超えても、超える前より手取りが減って働き損になることはありません。にもかかわらず働き損が出ると誤解しているケースを除き、所得税を103万円の「壁」だと意識しているケースは稀です。
103万円が壁と認識されるのは、収入が103万円を超えると配偶者が勤める会社から支給される家族手当が打ち切られるケースが多いことが関係していると思います。これは所得税の問題ではないため、あくまで各会社で制度変更してもらわなければ「壁」の解消にはなりません。
――なるほど。所得税の問題ではなく、配偶者が働く会社の問題であると。
川上敬太郎さん また、アルバイトしている学生さんは、所得税の扶養控除対象から外れるからと103万円以内に抑えるよう親から言われるケースもあります。その場合は、あくまで世帯収入を減らさないために親から出される指示であり、それによって学生さん個人の収入を増やす機会が奪われている面もあるだけに少し事情が異なります。
一方、社会保険の壁である、月額8万8000円を年換算した106万円の壁と年収130万円の壁は、ギリギリで超えてしまうと却って手取りが減り、働き損が発生します。
そのため、106万円と130万円の壁は政府の「年収の壁・支援強化パッケージ」の対象になっています。年収の壁として意識する必要があるのは、基本的にはこれら社会保険の壁なのだろうと思います。
「時間制約の壁」が、男女を問わず働く人すべての課題に
――いろいろ複雑ですね。ズバリ聞きますが、どうしたら年収の壁問題は解決しますか。女性が思う存分に生き生きと働けるようになるにはどうしたらよいでしょうか。
川上敬太郎さん 扶養枠という制度が既に社会の中に浸透している以上、制度変更してもしなくても、どこかに歪みは生じてしまいます。残念ながら、誰もがスッキリと納得がいく形で解決することはできないと思います。
もし扶養枠という考え方をなくせば、年収の壁自体はなくなります。年収の壁をめぐる制度は複雑怪奇で、そもそも正確にルールを把握すること自体が難しい「制度理解の壁」が生じているのが現状です。扶養枠をなくすという方法は1つの有力な選択肢なのだと思います。
しかし、扶養枠は長年人々の生活の中に浸透し、人生設計に組み込まれています。また、働きたくても働くことができない事情を抱えている人もいます。もし扶養枠をなくす方向へと舵を切るのなら、それらの事情に最大限配慮し、激変緩和措置を含め、長い年月をかけて変えていく必要があるでしょう。
――う~む。国民民主は「年内に目途をつけたい」などと主張していますが、簡単にはいかないということですね。
川上敬太郎さん ただ、扶養枠に関しては、私が研究顧問を務めるしゅふJOB総研の調査では、時給2000円を超える仕事に就いた場合は9割の人が扶養を外すと回答しています。世の中に時給2000円以上の求人が増えるほど、扶養枠自体が不要になっていくはずです。
主婦・主夫層の多くは、豊富な実務経験を持っています。短時間でもそれらの経験やスキルを活かして成果を出せる仕事はたくさん眠っています。
職場側が「高時給の仕事はフルタイム」「正社員の仕事はフルタイム」という先入観を拭い去ることで、短時間かつ時給2000円以上の仕事を切り出せる余地は大いにあります。それは採用難に悩む職場側にとっても、有益な取り組みであるはずです。
――年収の壁について、特に強調しておきたいことがありますか。
川上敬太郎さん 年収の壁は厄介な壁ですが、制度が変わって、もしその壁が取り払われたとしても「時間制約の壁」はなくなりません。さらに現在、男性の育休取得率上昇に象徴されるように、仕事と家庭の両立は女性だけの悩みではなくなりつつあります。
性別問わず誰もが家庭を切り盛りする主体となる一億総しゅふ(主婦・主夫)化が進んでいきます。つまり、「時間制約の壁」は働く人すべての課題になってきたということです。
その壁を乗り越えるヒントが、自身の裁量で時間や場所等を決められることにあります。テレワークやフレックス勤務などを充実させ、時間と場所を自分で決められる職場環境を整備することが、より重要になってくるのではないでしょうか。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
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